「あの、すみません」
 席につくなり頭をいきなり下げられて、千草は無表情のまま相手の出方をうかがおうと首を傾げた。
「何がですか?」
「お見合いのことなんですけど、僕にあわせてくれたんですよね、すみません。ありがとうございます」
「とりあえず何か注文しませんか」
 千草は、そういってメニューを直春に差し出した。
「そうですね、あっありがとうございます」
「いえ、私はもう決まっているので」
 千草は、ファミレスで何を食べるか決めている。仕事前はこれというメニューだ。
「僕も大体ファミレス来たら食べるもの決まってるんで、じゃあボタン押しますね」
「ご注文はいかがなさいますか?」
「私は新撃の激辛キムチチゲ(うどん入り)でお願いします」
「僕は生クリィム特盛白玉あんみつデラックス和風パフェで」
「かしこまりました」
 何コイツ、千草がそういう目で見ていると直春も同じ目で見ていた。だが、すぐに直春は笑顔になる。
「あの、今日お呼びしたのはお願いがあるからで、その・・・」
「はい」
 お互い注文したものにツッコミをいれることなく会話が始まった。
「僕とお付き合いするフリだけでいいのでしてもらえませんか?」
「・・・なるほど」
 千草は腕を組んだ。そういうと思った、それが態度に出ていた。
「かあちゃん・・・お母さんがもう余命1か月らしくて、僕はその間だけでもお母さんを安心させてあげたいんです」
「本当に、家族思いですね」
「はい」
「本当に?」
「はい?」
 千草は、昨日直春と話していて感じた違和感の正体を突き付けた。
「本当に家族思いなら、お母さんが入院している時、病院にいってあげるべきなのでは?」
「え?」
「昨日あなたはこういった。『僕の母、入院中癌と聞かされてショックを受けたと思うんですけど、佐々木さんのお母様が声をかけてくださったみたいで、頑張れたみたいなんです』まるで後で聞いたみたいなセリフでした。それに、母が病気だというのに同じ町に住んでいながら全く会いに行かないというのはおかしいんじゃないですか。仕事の休みはとれなくてもたまに会いにいくことくらいはできるはずです」
 私じゃないんだから、その言葉はぐっと飲み込んだ。
「それは、佐々木さんにも言えることなのでは?」
「私は母親が病気ということを内緒にしていましたので」
「僕もそうなんですよ」
「では、お仕事の件は」
「それは、佐々木さんと一緒ですよ、昨日いったじゃないですか。佐々木さんと一緒だって」
『そうなんですね、渡辺さんは地元なのにどうしてお母様の家に顔を出さないのですか?』
 千草の問いに、渡辺は苦笑いで答えた。
『佐々木さんと一緒ですよ』
 千草は、思い出して歯をぎりっと噛んだ。一緒だと?まさかコイツ、やっぱり只者じゃないのか?千草は、そっとバックに手を伸ばした。
「佐々木さんも、僕と同じで無職なんですよね」
「はえ?」
 千草は、思わず素っ頓狂な声をあげた。
「し、失礼なことを言わないでください。OLしてます、働いています」
 思わず立ち上がりそうになるところをぐっとこらえて千草はきっぱりとそういった。
「え?でも、あのスーツで撮った社員での集合写真。完全に加工ですよね」
「な・・・なっ」
 千草が絶句している中、直春はカバンから手帳を取り出し、スマホで千草が母親に送った写真を紙にした状態のものを見せてきた。
「ここ、笑顔の加工のムラがちょっと目立ちます。眉毛は前髪で見えないように見えて意外とこうよくみると、ね?微かですが不自然な曲がりかたをしています。それにここに佐々木さんをいれると、後ろの社員のここがちょっと」
 おいおいまじかよ。千草は、声に出していうところだった。写真加工歴10年の私が、写真加工に粗があっただと?そして、それをこんなよくわからない男に、ターゲットである男に指摘されているだと?
「ど、どうしてそんなに加工にお詳しいんですか?」
「僕もやっているので」
 直春は正直にそう答えた。コイツ・・・無職を写真加工で誤魔化してやがるんだな。千草は、一緒にされたくなさすぎて胃痛がしそうだった。
「一緒にしないでください。私は違いますから」
 そういうと、
「じゃあ、何であんな加工した写真を?何か人に言えない仕事をしているとか?」
 直春は、鋭い眼光で千草を見つめた。
「そうだな・・・例えば、佐々木さんは、東京で殺し屋をやっていて、僕を殺しに来た殺し屋の仲間だったりして」
 千草は、反射的にがたりと立ち上がった。