「さ、あがって」
「お、お邪魔しま・・・ただいま」
「おかえり」
康子は、にっこり笑った。千草は、懐かしい家の匂いを吸い込み、そのまま家へと足を踏み入れた。
「お茶いれるから待っててね」
康子はそういって台所へと引っ込んでいく。千草はその間にリュックとスーツケースを自分の元いた部屋へと運んだ。
どうやって飛騨高山へと通おう。そう考えていた千草だったが、その答えは意外にも康子の口から提案される。
「あのね、ちぐちゃん・・・聞きたいことがあるんだけど」
「なに?なんでも聞いて」
「ちぐちゃんって、向こうで恋人はできたの?」
「恋人?」
たびたびそう聞かれることはあったが、千草はすべて「仕事で忙しくて出会いがない」と言ってきた。
「そんな、私の事より、お母さんの体調よ。大丈夫なの?」
康子は答えた。
「母さん、もう長くないんだって。余命3か月。癌も色んなところに転移しているみたいで、もう、手遅れみたいなの」
言いなれたことのようにさらりと言われて、千草は頭が真っ白になった。
「そんな・・・お母さん」
「私のことは心配しなくていいの、私が一番心配なのは。ちぐちゃんのことだけ」
康子はいつもそういって千草を気遣ってくれていた。千草が目に涙をためて俯くと、
「それでね、せめて残りはおうちで過ごさせてくださいっていったの。東京にいる娘が帰って一緒に過ごしてくれるからって嘘をついて」
そんな、いつもだったら千草は仕事を理由に断っていただろう。いつものように。今回もそうしていたら取り返しのつかないことになっていた。本当に会えてよかったと、千草は心の底からそう思った。
「ちぐちゃんに会えてよかった、それでね。下呂病院で入院していた時隣の病室で仲良くなった奥さんがいてね」
「うんうん」
「その奥さんも、私と一緒で癌だったの。それで凄く仲良くなって、息子さんもまだ結婚してないらしくて、娘のことを話したらもしよかったら今度お見合いをしないかって」
「ちょちょちょっと、お母さん!?お母さん!?」
千草は、突然の自分のお見合いの流れに思わずお茶を吹きそうになった。
「年もね、千草の2つ上で、顔もかっこいいのよ。写真を見せてもらったんだけどね」
「お母さん、私結婚なんてまだ・・・」
康子は、よいしょと腰をあげテーブルの下から1枚の写真を取り出した。
「まあまあ写真だけでも見て。いつもここにいれてるの。千草にこの人との子供ができたらどこが似てるどんな孫が生まれるんだろうって」
千草は、結婚なんて全く考えていなかった。そもそも自分は結婚なんかしないと思っていた。殺し屋と結婚する男がどこにいる。お見合いなんて一生縁がないものだと思っていた。
「どう?男前でしょ?渡辺直春さんっていうの」
だが康子が見せた写真を見て、千草は目を見開いた。
「お母さん、もう長くは生きられないから。せめてちぐちゃんの側にいてくれる人がいればなと思ったんだけど、ほらお仕事もやめてっていうし、こっちで仕事見つけてゆっくり過ごすのもいいんじゃないかって」
「お母さん」
千草は、自分ができる精一杯の笑顔で微笑んだ。
「私、その人と会ってみる」
「本当!?よかったわあ、よかった」
康子は、涙が出そうなくらい喜んだ。
「でも、お母さんにはもしその人とうまくいった時、孫の顔を見せてあげたいから長生きしてほしい」
そういったが、康子は聞いていないようで早速携帯を手に取ってどこかに電話をかけていた。
「もしもし?娘がね、会ってくれるって。そうそう!今かえってきていてね、いつがいいかしら?そうね、私達、時間がないものね、明日にしましょうか」
時間がないものね、なんて悲しいことを言わないでほしいと千草は思ったが、母は辛いことがあっても自分には弱みを見せず笑っている人だったので、それが余計に悲しくなった。
千草は、もう一度写真に視線を移すと殺し屋モードの眼で写真の男を見つめた。
着物を着た康子と同い年くらいの夫人の隣で腕を組んで写真に写っているのはどんな運命か偶然か、前髪がサイドに分けられていて、くせ毛なのかもじゃもじゃしている一見して爽やかな印象の男性。ターゲットの男、渡辺直春(わたなべすぐはる)その人だったのである。
「お、お邪魔しま・・・ただいま」
「おかえり」
康子は、にっこり笑った。千草は、懐かしい家の匂いを吸い込み、そのまま家へと足を踏み入れた。
「お茶いれるから待っててね」
康子はそういって台所へと引っ込んでいく。千草はその間にリュックとスーツケースを自分の元いた部屋へと運んだ。
どうやって飛騨高山へと通おう。そう考えていた千草だったが、その答えは意外にも康子の口から提案される。
「あのね、ちぐちゃん・・・聞きたいことがあるんだけど」
「なに?なんでも聞いて」
「ちぐちゃんって、向こうで恋人はできたの?」
「恋人?」
たびたびそう聞かれることはあったが、千草はすべて「仕事で忙しくて出会いがない」と言ってきた。
「そんな、私の事より、お母さんの体調よ。大丈夫なの?」
康子は答えた。
「母さん、もう長くないんだって。余命3か月。癌も色んなところに転移しているみたいで、もう、手遅れみたいなの」
言いなれたことのようにさらりと言われて、千草は頭が真っ白になった。
「そんな・・・お母さん」
「私のことは心配しなくていいの、私が一番心配なのは。ちぐちゃんのことだけ」
康子はいつもそういって千草を気遣ってくれていた。千草が目に涙をためて俯くと、
「それでね、せめて残りはおうちで過ごさせてくださいっていったの。東京にいる娘が帰って一緒に過ごしてくれるからって嘘をついて」
そんな、いつもだったら千草は仕事を理由に断っていただろう。いつものように。今回もそうしていたら取り返しのつかないことになっていた。本当に会えてよかったと、千草は心の底からそう思った。
「ちぐちゃんに会えてよかった、それでね。下呂病院で入院していた時隣の病室で仲良くなった奥さんがいてね」
「うんうん」
「その奥さんも、私と一緒で癌だったの。それで凄く仲良くなって、息子さんもまだ結婚してないらしくて、娘のことを話したらもしよかったら今度お見合いをしないかって」
「ちょちょちょっと、お母さん!?お母さん!?」
千草は、突然の自分のお見合いの流れに思わずお茶を吹きそうになった。
「年もね、千草の2つ上で、顔もかっこいいのよ。写真を見せてもらったんだけどね」
「お母さん、私結婚なんてまだ・・・」
康子は、よいしょと腰をあげテーブルの下から1枚の写真を取り出した。
「まあまあ写真だけでも見て。いつもここにいれてるの。千草にこの人との子供ができたらどこが似てるどんな孫が生まれるんだろうって」
千草は、結婚なんて全く考えていなかった。そもそも自分は結婚なんかしないと思っていた。殺し屋と結婚する男がどこにいる。お見合いなんて一生縁がないものだと思っていた。
「どう?男前でしょ?渡辺直春さんっていうの」
だが康子が見せた写真を見て、千草は目を見開いた。
「お母さん、もう長くは生きられないから。せめてちぐちゃんの側にいてくれる人がいればなと思ったんだけど、ほらお仕事もやめてっていうし、こっちで仕事見つけてゆっくり過ごすのもいいんじゃないかって」
「お母さん」
千草は、自分ができる精一杯の笑顔で微笑んだ。
「私、その人と会ってみる」
「本当!?よかったわあ、よかった」
康子は、涙が出そうなくらい喜んだ。
「でも、お母さんにはもしその人とうまくいった時、孫の顔を見せてあげたいから長生きしてほしい」
そういったが、康子は聞いていないようで早速携帯を手に取ってどこかに電話をかけていた。
「もしもし?娘がね、会ってくれるって。そうそう!今かえってきていてね、いつがいいかしら?そうね、私達、時間がないものね、明日にしましょうか」
時間がないものね、なんて悲しいことを言わないでほしいと千草は思ったが、母は辛いことがあっても自分には弱みを見せず笑っている人だったので、それが余計に悲しくなった。
千草は、もう一度写真に視線を移すと殺し屋モードの眼で写真の男を見つめた。
着物を着た康子と同い年くらいの夫人の隣で腕を組んで写真に写っているのはどんな運命か偶然か、前髪がサイドに分けられていて、くせ毛なのかもじゃもじゃしている一見して爽やかな印象の男性。ターゲットの男、渡辺直春(わたなべすぐはる)その人だったのである。
