ターゲットは旦那様

「康子さんが―」
 千草は急いで病院に向かった。
「こんな時に、あの男は何してんのよ」
 昔の旧友に会いに行くといった直春は、今日の昼飯を食べた後家を出て行った。2、3日泊まるかもしれないと言っていたが、こんな時に一人にしなくてもいいだろうと千草は思っていた。だが、そんなことを言えないことは千草が一番わかっていた。
「お母さん・・・」
 千草は、人工呼吸器をつけて虚ろな表情で天井を見つめている康子に駆け寄った。
「お母さん・・・お母さん・・・!」
 その頃、直春は元働いていた職場を探して東京に来ていた。
「ごめんね、千草」
 千草の携帯をハッキングした直春は、千草に飯塚から来たメールを全て把握し、直春から返信を返していた。そして、飯塚から返事がきたように自分からメールを送っていた。
「飯塚、久しぶりだな」
 飯塚に連絡をとり、夜11時。人気のない廃工場で、飯塚と会うところまでこぎつけたのだった。
「・・・お前」
 千草に呼び出されたと思ったら、千草のターゲットである男に呼び出された。どういうことだ?飯塚は混乱し、千草の死という単語が一瞬頭に浮かんだ。
「当日開店するパチ屋並みに背後に死神が行列作ってる男だよ」
 そういうと、一瞬飯塚は顔色を変えた。
「どうしてそれを」
 月明かりが照らす直春の顔は、飯塚の上司。氷上真冬(ひょうじょうまふゆ)とは全く違うものだった。
「父親を殺す為に殺し屋になったあの日から、名前も顔も捨てたんだけど、元の顔にまた戻してもらったんだ」
 直春はそういって煙草を取り出した。直春は、殺し屋をやめてから、まっとうな職につくことができなくなっていた。人と関係を持つと嫌な人間というのが嫌でもできて、それを自分は殺すことができる。だが、それはいけないことで、普通の考えではない。人と関わるのが怖い、人と仕事をするのが怖かった。また裏切られるのが怖かった。
 だから、働くことなくギャンブルのように生きてきた。死んだときはその時だと。
「千草はどうしました?」
「いきなり襲ってきたから返り討ちにした。なかなかやる女だったよ」
 直春は、そういってニヤリと笑った。
「・・・」
 少々の沈黙。飯塚は、胸へと腕を忍ばせ、拳銃を取り出すと直春へと向けた。だが、それは直春も同様で、飯塚に向け拳銃を向け大して好きでもない煙草をくわえながら笑っていた。
「俺を殺すのか?可愛い後輩を殺された飯塚くん」
「人を殺すということは、殺される覚悟をしなくてはならない。あなたに教えていただいたことです」
 飯塚にとって直春は憧れの人で、先輩で、直春が死んだと聞いた時目の前が真っ暗になった。そんな中現れたのは、直春と同じ目をした千草だった。
「あんな女を使ってまで俺を殺そうとしてくるとは」
 直春は、過去に使っていた顔。氷上真冬、春が来る直春ではなく。氷のように冷たく、冷徹で、冷静で、残忍な顔になり、引き金を引いた。
「俺は、この組織を壊滅させる」
 千草は、康子の手を握って祈るようにして目を閉じた。
 何をしているのよ、あの男は。お母さんがこんな時なのに・・・いいえ、元々私は、一人だったはずよ。何を期待しているの?期待するようになってしまったの?
 千草は、全て終わったら直春を殺したことにして自分は死のうと思っていた。組織を欺いて生きていけるはずもない。だが、自分にはあの男を殺せない。
「ちぐ・・・ちゃん・・・」
「お母さん」
「すぐ・・はるさんと、しあわせになってね」
 そんな未来は、自分には勿体ない。
「うん・・・お母さん」
 また嘘をついた。千草は、涙を流し、康子の手を握った。
「千草の上司には、部下と結婚することになったとご挨拶に行かないとな・・・」
 直春は一人、鬼のような形相をし、東京の町へと向かっていく。空を見上げると、星は全くと行っていい程空に浮かんでいなかった。直春の美しいと感じた星空はここにはない。
「さて、行こうか」
 俺は、家族が幸せになるなら、なんだってやるさ。部下だって、父親だって、借金取りだって、この手で殺してやる。