「・・・そう」
「覚悟はしていたことだけれど、こんなに早いとは思わなかった」
直春は、頭を抱えてかすれた声でそう言った。こんな直春は初めてだった、酷く狼狽し、困惑し、混乱している。千草の心臓は突如どくんと脈打った。これは、自分だ。いつか来る日の自分。
「ねえ、直春」
「・・・・・はい」
「明日、一緒に病院に行くわよ」
千草がそういうと、直春はこくりと頷いた。
***
「大丈夫よ、千草さんまでごめんなさいねえ。ちょっと、胸が苦しくなって、もう年だから」
病院で、渡辺裕子は笑顔で顔の前で手を振っていた。サイドテーブルの上には直春と千草が買ってきたフルーツの盛り合わせが置いてあった。
「母ちゃん、本当に大丈夫なの?」
「お母さん、でしょ?千草さんの前で恥ずかしい。ごめんなさいね」
裕子は、頬に手をあてて困ったような、嬉しいような顔で千草を見た。
「いいえ、全然」
「そう?あ、それより直春・・・仕事忙しいのに休みをとらせちゃってごめんなさいね」
「そんなこと全然気にしないでよ」
直春は、裕子の手を握って笑顔で答えた。
「私のことは気にせずいいからね。直春のことはもう、千草さんに任せて安心してるんだから」
裕子はそういって千草に微笑んだ。
「なんてね、直春は男の子なんだから渡辺家長男として、千草さんを立派に引っ張っていけるようでなくては駄目よ」
そして、直春にも青白い笑顔を向けた。直春は、一層強く骨ばった裕子の手を握った。
「千草さんとはうまくやってるんだ。心配しないでね、母ちゃん」
病室を出てから車に乗るまで、2人は無言だった。2人のマンションに帰ってきてから、ソファにどかっと座る直春に千草はようやく重い口を開いた。
「ねえ、直春」
「・・・ん」
「嘘ついてたって言いなさいよ」
千草は、そういって座っている直春の横に立って直春を見下ろした。
「無理だ、そんなこと言ったら余計にストレスをかける」
「わかってるでしょ?裕子さん、前より全然体調悪そうだった。私のお母さんより」
その時、千草は直春から聞いた裕子さんが見栄っ張りだという言葉を思い出した。まさか、そんなまさか、千草はすぐその悲しい考えを首を振って断ち切った。
「仕事で忙しいから会えないなんて嘘やめて毎日裕子さんに会いに行きなさいよ」
「・・・仕事を自分のせいで辞めたって言ったら母ちゃんはが悲しむ」
千草は、カッとなって直春の襟首をつかんで叫んだ。
「怖いだけでしょ!?本当のことを言うのが、母ちゃん失望させるのが嫌なだけでしょ!?じゃあいいわよ、せめて母ちゃんの為に退職してきたって言いなさいよ!毎日病院行って顔出してあげなさいよ!」
「・・・・・・・・・・」
直春は、千草と目を合わせず俯いていた。直春もまた、千草と同様母親に無職であることを隠す為に写真を加工し、まっとうに働いているように見せかけていた。社員証まで偽装する徹底ぶりで。仕事を応援してくれる、自慢の息子だと言ってくれる母親を悲しませたくなくて、申し訳なくて、直春は徐々に仕事が忙しいという嘘を口実に裕子と会うことを避けるようになった。入院のことは後で知ったにしても、もし裕子に知らされていたとしても、直春は行くか迷っていたことだろう。病院になんて行ったら毎日会いたくなってしまうし、有休をとるのも難しいくらい仕事が忙しいと言っている為だった。
「しっかりしなさいよ!裕子さんはあなたが自分の為に退職したっていったら嬉しいに決まっているわ!親子ってそういうものでしょ!?それに裕子さんは見栄っ張りなんでしょ?じゃあ、あなたに心配かけまいとして気を使っているだけかもしれないじゃない」
千草はさっきより一層直春の襟首を締め上げた。
「・・・・・・・・・」
直春は、襟首を絞められながら固く目を閉じた。そして、病院で見た裕子の青白い顔と、骨ばった手、握り返した手の冷たさを思い出していた。わかっていた、千草の言う通り、そうすることが一番いいことくらい。
「わかった」
直春は、千草の腕を掴んだ。
「ありがとう、千草さん」
直春は、覚悟を決めた表情で真っすぐ千草を見つめた。
「覚悟はしていたことだけれど、こんなに早いとは思わなかった」
直春は、頭を抱えてかすれた声でそう言った。こんな直春は初めてだった、酷く狼狽し、困惑し、混乱している。千草の心臓は突如どくんと脈打った。これは、自分だ。いつか来る日の自分。
「ねえ、直春」
「・・・・・はい」
「明日、一緒に病院に行くわよ」
千草がそういうと、直春はこくりと頷いた。
***
「大丈夫よ、千草さんまでごめんなさいねえ。ちょっと、胸が苦しくなって、もう年だから」
病院で、渡辺裕子は笑顔で顔の前で手を振っていた。サイドテーブルの上には直春と千草が買ってきたフルーツの盛り合わせが置いてあった。
「母ちゃん、本当に大丈夫なの?」
「お母さん、でしょ?千草さんの前で恥ずかしい。ごめんなさいね」
裕子は、頬に手をあてて困ったような、嬉しいような顔で千草を見た。
「いいえ、全然」
「そう?あ、それより直春・・・仕事忙しいのに休みをとらせちゃってごめんなさいね」
「そんなこと全然気にしないでよ」
直春は、裕子の手を握って笑顔で答えた。
「私のことは気にせずいいからね。直春のことはもう、千草さんに任せて安心してるんだから」
裕子はそういって千草に微笑んだ。
「なんてね、直春は男の子なんだから渡辺家長男として、千草さんを立派に引っ張っていけるようでなくては駄目よ」
そして、直春にも青白い笑顔を向けた。直春は、一層強く骨ばった裕子の手を握った。
「千草さんとはうまくやってるんだ。心配しないでね、母ちゃん」
病室を出てから車に乗るまで、2人は無言だった。2人のマンションに帰ってきてから、ソファにどかっと座る直春に千草はようやく重い口を開いた。
「ねえ、直春」
「・・・ん」
「嘘ついてたって言いなさいよ」
千草は、そういって座っている直春の横に立って直春を見下ろした。
「無理だ、そんなこと言ったら余計にストレスをかける」
「わかってるでしょ?裕子さん、前より全然体調悪そうだった。私のお母さんより」
その時、千草は直春から聞いた裕子さんが見栄っ張りだという言葉を思い出した。まさか、そんなまさか、千草はすぐその悲しい考えを首を振って断ち切った。
「仕事で忙しいから会えないなんて嘘やめて毎日裕子さんに会いに行きなさいよ」
「・・・仕事を自分のせいで辞めたって言ったら母ちゃんはが悲しむ」
千草は、カッとなって直春の襟首をつかんで叫んだ。
「怖いだけでしょ!?本当のことを言うのが、母ちゃん失望させるのが嫌なだけでしょ!?じゃあいいわよ、せめて母ちゃんの為に退職してきたって言いなさいよ!毎日病院行って顔出してあげなさいよ!」
「・・・・・・・・・・」
直春は、千草と目を合わせず俯いていた。直春もまた、千草と同様母親に無職であることを隠す為に写真を加工し、まっとうに働いているように見せかけていた。社員証まで偽装する徹底ぶりで。仕事を応援してくれる、自慢の息子だと言ってくれる母親を悲しませたくなくて、申し訳なくて、直春は徐々に仕事が忙しいという嘘を口実に裕子と会うことを避けるようになった。入院のことは後で知ったにしても、もし裕子に知らされていたとしても、直春は行くか迷っていたことだろう。病院になんて行ったら毎日会いたくなってしまうし、有休をとるのも難しいくらい仕事が忙しいと言っている為だった。
「しっかりしなさいよ!裕子さんはあなたが自分の為に退職したっていったら嬉しいに決まっているわ!親子ってそういうものでしょ!?それに裕子さんは見栄っ張りなんでしょ?じゃあ、あなたに心配かけまいとして気を使っているだけかもしれないじゃない」
千草はさっきより一層直春の襟首を締め上げた。
「・・・・・・・・・」
直春は、襟首を絞められながら固く目を閉じた。そして、病院で見た裕子の青白い顔と、骨ばった手、握り返した手の冷たさを思い出していた。わかっていた、千草の言う通り、そうすることが一番いいことくらい。
「わかった」
直春は、千草の腕を掴んだ。
「ありがとう、千草さん」
直春は、覚悟を決めた表情で真っすぐ千草を見つめた。
