ターゲットは旦那様

青いシャツにロングスカート。白い帽子に化粧に眼鏡をしていた、三つ編みの女性が立っていた。しかも、意外とサマになっていて腹が立つ。写真の通りの姿だったが、いざ目の前にすると、衝撃的だった。
「変装だよ、俺は一応働いている設定なんだから」
「その恰好で外に出るの?大丈夫なの?」
「大丈夫だよ、全然バレないから」
 身長が高いから目立つような気がするが、大丈夫なんだろうか。私は今日これと外を歩くのか?千草はそう考えると家に残りたくなってきた。
「あの、本当に大丈夫なの?」
「さて、行こうか」
 それから千草がまず連れてこられたのはパチンコ屋だった。
「おう、春子ちゃん」
「こんにちは~」
 直春は笑顔で裏声を使って挨拶をした。
「お友達連れてきたの?」
「そうなんです~」
 なんなんだこれは。春子ってなんだ。千草は、パチンコ店で色んな人に声をかけられている直春を見て困惑していた。
「ちょっと、どういうことなのよ」
 小声で話しかけると、直春は笑顔で答えた。
「俺、この恰好の時春子で通ってるから」
 適当な台に座った直春は、千草に座るように隣の席を指した。
「いきなり連れてきてここなわけ?」
 千草は明らかに不機嫌だった。うるさいし、知らない人に見られるし、煙草の匂いに酒を飲んでるヤツまでいる。ここに連れてきた直春とここにいるその他の人間たちにふつふつと殺意がわいてくるくらい不機嫌だった。パチンコ台を親の仇のような目で睨みつけて千草は腕を組み足を組みかえ、座っていた。
「まあまあ、見てなって」
 だが、千草が不機嫌なのはそこまでだった。
「ど・・・どうして?」
 777の数字は1時間しか経っていないのにこれで3回目。絵柄がそろうそろう。まるで直春がパチンコを操作しているように面白いくらい絵柄がそろった。
「何、どうして?あなた、イカサマしてるでしょう?」
「してないわよ、私は運がいいだけ」
 裏声を使って話す直春にも、千草はイラつくことなく画面を見ていた、気づいたら周りには人だかりができている。
「そろそろ行きましょうか」
 直春は立ち上がり、山積みになったパチンコ玉をカートに乗せて運んでいった。奇跡はまだ続く、直春に次に連れていかれた競馬場でも、カジノバーでも、麻雀でも、直春は恐ろしい程の奇跡を連発し、勝ち続けてきた。
「宝くじは買わないの?」
 千草は、思わずそう聞いてしまった自分の頬をつねりたくなった。直春は、笑顔で答えた。
「宝くじってお金に困ったら買うもんでしょ?」
 今日という一日が何かの間違いなんじゃないかと思うような日だった。買い物をして帰り、昨日と同じように夕食を食べた。
今日は直春が先にお風呂に入ることになっていた。なんなの、あの男は・・・ソファでぐったりしていた千草に、直春が次お風呂だよと声をかけてきて、千草は考えがまとまらないまま浴室へと向かった。
『今日はどうだった?』
『嘘みたいな一日だったわ』
『まあ、家で寝ているよりかはマシだっただろ?』
 帰りの車でしたそんな会話を思い出しながら、千草は風呂の湯を体にかけた。
「あああああああああああああああああああああ!!」
「もしもし?母ちゃん?どうしたの?・・・・・・・・・・・」
 直春は、手に持っていた携帯がするりと手から離れていくのを感じた。それは、千草が風呂で叫び声をあげたからではない。
「ちょっと、何よこのほぼ水みたいな冷たい湯は!?どうなってんのよアイツの体は!皮膚薄すぎるんじゃないの!?本当に人間!?仕返しね・・・仕返ししたのね?」
 千草は文句を言いながらバケツのお湯をすくって体にかけた。だが、それもぬるかった。
 服を着てずんずんリビングに向かった千草は、直春に文句をいってやろうとしたが、どうも直春の様子がおかしい。携帯を持ったまま天井を見て固まっている。
「ちょっと、あなたねえ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 そういって直春の顔を覗き込むが、直春の瞳には千草が映っていないように見えた。
「何?どうしたってのよ」
 千草が直春をゆすると、
「母ちゃんが・・・倒れて、救急車で運ばれたって」
 直春は、空気が抜けるような声でそう答えた。