「また連絡するわ」
千草は、直春と出会ってから調子を狂わされっぱなしだった。どうしてあの男はああなのだろう。千草はため息をついて康子の元へと向かった。
***
「これからよろしくお願いします」
部屋に荷物を運び終わり、やり切った顔の直春にムカつきながら千草は、ソファに座って休んでいた。
「よろしくじゃないわよ・・・」
千草は直春の前でたびたび心の声が口に出るようになっていた。結局、千草は母の為ならと作り笑顔で了承し、引っ越しの手伝いに来たのだった。
どうしてこうなったんだっけ。千草は眉間を押さえて考えていた。千草は殺し屋。ターゲットは今自分の横でソファに腰かけているこの男。渡辺直春。何を考えているかはよくわからないが、母ちゃん母ちゃんと母親を慕っている。だがニートであり、働くことができない精神病などとよくわからないことを言う変わり者の男。そして、そのターゲットの男に頼まれ、自分はお互いの母親の為に結婚を前提にお付き合いをしているフリをすることにした、そこまではいい。
「どう間違ったら一緒に住むことになるのよ」
千草は、そう呟いて膝に自分の顔をうずめた。
「我慢してください。母ちゃん達が亡くなるまででいいんですから」
直春は、そういって立ち上がった。
「どこ行くのよ」
「夕飯の買い物です。もう夕方なので」
「料理するの?」
「・・・母ちゃんが野菜を送ってくるので、それで色々作ってたら自然と」
意外だった。千草の母も最初は野菜を送ってくれていたが、千草が送ってくれても料理する時間がない腐らせるだけだと断ったのだ。
「そう」
「一緒に行きますか?買い物」
「遠慮しておくわ」
千草は、特にすることがあるわけではないが、直春と一緒に夕飯の買い物に行く理由が見つからなかったので断った。母親との買い物であれば、荷物持ちとかそうでなくても付き合うが、この男に付き合う義理はない。
「夕飯何でもいいですか?」
「わ、私の分も作るの?」
「はい」
笑顔で答えた直春に、千草は不信感を抱いた。何故恋人のフリをするだけの関係である自分に夕飯を作る必要があるのか。この男に何もメリットがない。まさか何か料理に入れるつもりか?それとも、何か企んでいる?
「やっぱり行くわ」
千草はすくっと立ち上がって買い物についていくことにした。
「じゃあ、行きましょうか」
「ええ」
だが、スーパーについた千草と直春は激しく衝突することになる。
「カレーは甘口にはちみつとチョコレートを入れるのが一番おいしい食べ方だ」
直春が買い物かごに入れようとした甘口カレールーを千草は腕を掴んで止めた。
「ふざけないで、私はミツバチじゃないんだからそんなカレー食べられるわけないでしょう?カレーは激辛に七味唐辛子を入れるのが本来の美味しい食べ方なのよ」
「どんな罰ゲームだよ、やっぱり俺を殺す気なんでしょあんた」
「甘口にはちみつをいれるなんて脳みそが溶けた考え方がおかしいって言ってるのよ」
「舌が麻痺して味覚がおかしくなってるんでしょう、お気の毒ですねえ、その手を離してくれないか?俺は甘口カレーチョコレートはちみつがけしかカレーは食べれないんだよ」
「心底気持ち悪いわね。大体ファミレスでのあれは何?あんなに生クリームを乗せた甘ったるい食べ物を目の前で食べられた私の気持ちにもなってくれる?見ているだけで胃もたれするのよ」
「そっちこそなんだあの地獄みたいな真っ赤なうどんは。うどんが可哀想だよ、恨みでもあるわけ?」
千草と直春は、壊滅的に味覚の相性が悪かった。そして、2人はそのずれた味覚センスをお互い自分の中で愛していた為、このような喧嘩が起きていた。周りからしてみれば可愛い痴話げんかのようだが、2人は至って真剣であった。
ずっと穏やかだった直春は、口調が激しくなり、冷静だった千草は冷静さを失っていた。
そこだけは譲れない、2人共必死だった。
「じゃんけんしよう」
「負けるじゃない!」
「じゃあ今日は俺のカレーにしよう。絶対気に入るから」
「嫌よ、私が先よ」
今日はカレーにしようか。カレールーが安かったから自然と決まったことだった。それがこんなことになるなんて誰が予想しただろうか。2人の間にはバチバチ見えない火花が散っていた。
「お兄さん、お姉さん」
「はい?」
「はい?」
いつの間にかカレールーの前で喧嘩していた2人の前に穏やかそうな主婦と、女の子が立っていた。
「ちょっと、美奈」
お母さんは、美奈と呼ばれた少女を注意したが、少女は腰に手を当てたまま2人を見上げていた。
「喧嘩はよそでやりなさいっ」
一瞬固まった2人だったが、すぐに周りを見渡し、女の子を見て返す言葉を判断した。
「・・・・ごめんなさい」
「すみません・・・」
周りがくすくす笑っているのがわかった。千草は正気を取り戻しはっとして直春を見た。直春の顔には笑みが浮かんでいた。
「そうだね、お嬢ちゃん。ごめんね」
直春はそういって主婦に笑顔で会釈した。千草もそれに続いた。
「あなたのせいでとんだ恥をかいたわ」
千草は、こんな屈辱を味わったことがなかった。
「今日はカレーをやめましょうか」
直春は笑顔でそう言った。さっきと別人みたいだ。
「もう敬語じゃなくていいわよ。本性わかってんだから」
千草はさっきの言い合いを思い出しながらそう言った。
「そっか、じゃあ呼び方も変えた方がいいかな」
すぐに直春は敬語を捨てた。元から敬語なんて使っていなかったんじゃないかというくらいスムーズだった。
「千草さん、朝はパン派かご飯派どっちかな?」
「ご飯よ」
千草は即答した。朝がっつり食べないと仕事上体力を使うから疲れてしまうのだ。
「じゃあ俺は明日のパンを買ってくるから先にレジ並んでて」
直春は、レジ近くのパンコーナーへと早歩きで向かった。千草は、こっちも合わないのかとため息をついた。
「何をにやにやしてるのよ」
帰り道、にやにやしながら車を運転する直春に、千草が問いかけた。直春は思い出したようにくすりと笑った。
「さっき女の子に怒られただろ?あの言い方、お母さん譲りなのかなって。可愛いじゃないか」
「子供が好きなの?」
「いいえ、特には」
やっぱりわからない、この男。
千草は、直春と出会ってから調子を狂わされっぱなしだった。どうしてあの男はああなのだろう。千草はため息をついて康子の元へと向かった。
***
「これからよろしくお願いします」
部屋に荷物を運び終わり、やり切った顔の直春にムカつきながら千草は、ソファに座って休んでいた。
「よろしくじゃないわよ・・・」
千草は直春の前でたびたび心の声が口に出るようになっていた。結局、千草は母の為ならと作り笑顔で了承し、引っ越しの手伝いに来たのだった。
どうしてこうなったんだっけ。千草は眉間を押さえて考えていた。千草は殺し屋。ターゲットは今自分の横でソファに腰かけているこの男。渡辺直春。何を考えているかはよくわからないが、母ちゃん母ちゃんと母親を慕っている。だがニートであり、働くことができない精神病などとよくわからないことを言う変わり者の男。そして、そのターゲットの男に頼まれ、自分はお互いの母親の為に結婚を前提にお付き合いをしているフリをすることにした、そこまではいい。
「どう間違ったら一緒に住むことになるのよ」
千草は、そう呟いて膝に自分の顔をうずめた。
「我慢してください。母ちゃん達が亡くなるまででいいんですから」
直春は、そういって立ち上がった。
「どこ行くのよ」
「夕飯の買い物です。もう夕方なので」
「料理するの?」
「・・・母ちゃんが野菜を送ってくるので、それで色々作ってたら自然と」
意外だった。千草の母も最初は野菜を送ってくれていたが、千草が送ってくれても料理する時間がない腐らせるだけだと断ったのだ。
「そう」
「一緒に行きますか?買い物」
「遠慮しておくわ」
千草は、特にすることがあるわけではないが、直春と一緒に夕飯の買い物に行く理由が見つからなかったので断った。母親との買い物であれば、荷物持ちとかそうでなくても付き合うが、この男に付き合う義理はない。
「夕飯何でもいいですか?」
「わ、私の分も作るの?」
「はい」
笑顔で答えた直春に、千草は不信感を抱いた。何故恋人のフリをするだけの関係である自分に夕飯を作る必要があるのか。この男に何もメリットがない。まさか何か料理に入れるつもりか?それとも、何か企んでいる?
「やっぱり行くわ」
千草はすくっと立ち上がって買い物についていくことにした。
「じゃあ、行きましょうか」
「ええ」
だが、スーパーについた千草と直春は激しく衝突することになる。
「カレーは甘口にはちみつとチョコレートを入れるのが一番おいしい食べ方だ」
直春が買い物かごに入れようとした甘口カレールーを千草は腕を掴んで止めた。
「ふざけないで、私はミツバチじゃないんだからそんなカレー食べられるわけないでしょう?カレーは激辛に七味唐辛子を入れるのが本来の美味しい食べ方なのよ」
「どんな罰ゲームだよ、やっぱり俺を殺す気なんでしょあんた」
「甘口にはちみつをいれるなんて脳みそが溶けた考え方がおかしいって言ってるのよ」
「舌が麻痺して味覚がおかしくなってるんでしょう、お気の毒ですねえ、その手を離してくれないか?俺は甘口カレーチョコレートはちみつがけしかカレーは食べれないんだよ」
「心底気持ち悪いわね。大体ファミレスでのあれは何?あんなに生クリームを乗せた甘ったるい食べ物を目の前で食べられた私の気持ちにもなってくれる?見ているだけで胃もたれするのよ」
「そっちこそなんだあの地獄みたいな真っ赤なうどんは。うどんが可哀想だよ、恨みでもあるわけ?」
千草と直春は、壊滅的に味覚の相性が悪かった。そして、2人はそのずれた味覚センスをお互い自分の中で愛していた為、このような喧嘩が起きていた。周りからしてみれば可愛い痴話げんかのようだが、2人は至って真剣であった。
ずっと穏やかだった直春は、口調が激しくなり、冷静だった千草は冷静さを失っていた。
そこだけは譲れない、2人共必死だった。
「じゃんけんしよう」
「負けるじゃない!」
「じゃあ今日は俺のカレーにしよう。絶対気に入るから」
「嫌よ、私が先よ」
今日はカレーにしようか。カレールーが安かったから自然と決まったことだった。それがこんなことになるなんて誰が予想しただろうか。2人の間にはバチバチ見えない火花が散っていた。
「お兄さん、お姉さん」
「はい?」
「はい?」
いつの間にかカレールーの前で喧嘩していた2人の前に穏やかそうな主婦と、女の子が立っていた。
「ちょっと、美奈」
お母さんは、美奈と呼ばれた少女を注意したが、少女は腰に手を当てたまま2人を見上げていた。
「喧嘩はよそでやりなさいっ」
一瞬固まった2人だったが、すぐに周りを見渡し、女の子を見て返す言葉を判断した。
「・・・・ごめんなさい」
「すみません・・・」
周りがくすくす笑っているのがわかった。千草は正気を取り戻しはっとして直春を見た。直春の顔には笑みが浮かんでいた。
「そうだね、お嬢ちゃん。ごめんね」
直春はそういって主婦に笑顔で会釈した。千草もそれに続いた。
「あなたのせいでとんだ恥をかいたわ」
千草は、こんな屈辱を味わったことがなかった。
「今日はカレーをやめましょうか」
直春は笑顔でそう言った。さっきと別人みたいだ。
「もう敬語じゃなくていいわよ。本性わかってんだから」
千草はさっきの言い合いを思い出しながらそう言った。
「そっか、じゃあ呼び方も変えた方がいいかな」
すぐに直春は敬語を捨てた。元から敬語なんて使っていなかったんじゃないかというくらいスムーズだった。
「千草さん、朝はパン派かご飯派どっちかな?」
「ご飯よ」
千草は即答した。朝がっつり食べないと仕事上体力を使うから疲れてしまうのだ。
「じゃあ俺は明日のパンを買ってくるから先にレジ並んでて」
直春は、レジ近くのパンコーナーへと早歩きで向かった。千草は、こっちも合わないのかとため息をついた。
「何をにやにやしてるのよ」
帰り道、にやにやしながら車を運転する直春に、千草が問いかけた。直春は思い出したようにくすりと笑った。
「さっき女の子に怒られただろ?あの言い方、お母さん譲りなのかなって。可愛いじゃないか」
「子供が好きなの?」
「いいえ、特には」
やっぱりわからない、この男。
