本は好きだ。
 マオーニ伯爵に引き取られてからの勉強は辛いことも多かったが、それでもサリーシャがやってよかったと思い、マオーニ伯爵に深く感謝していることの一つに、文字の勉強がある。
 マオーニ伯爵邸に来る前のサリーシャは、文字が読めなかった。そのため、サリーシャが知る物語は身近な人が語り伝えるごく僅かなものだけだった。
 それが自分で文字が読めるようになると、これまで知らなかったようなお話を沢山知ることが出来た。行ったこともない遠い地のお話もあれば、サリーシャが想像すらしないようなファンタジーのお話、はたまた既に亡くなって何年も経った人の手記もあった。何よりも、長いお話が読めるようになったのが嬉しかった。

 サリーシャが嬉しそうに瑠璃色の瞳を輝かせるのを眺めながら、セシリオも優しく目を細めた。

 セシリオに案内されたのは、居住スペースとなる建物の二階部分、サリーシャが今滞在している部屋と同じフロアに位置していた。階段部分から見ると、二階の長い廊下には同じようなドアがいくつも並んでいるように見えるのだが、サリーシャに宛がわれた部屋を通り過ぎて更にその廊下を奥に進むと、曲がり角がある。その曲がり角のすぐそこに両扉のドアがあり、そこが図書室になっていた。
 ドアを開けると、独特の匂いがすんと香った。紙と、インクのような匂いだ。

「まあ。とても広いのですね」

 サリーシャは入り口から中をぐるりと見渡した。見える範囲でもかなりの広さがあることは明らかだった。