これから先、自分に幸せなどあるのだろうか。ちっとも想像がつかないけれど、それでもそう言うしかなかった。なぜなら、サリーシャは自分に与えられたミッションを抜きにして、フィリップ殿下という人間のことが友人として好きなのだ。彼を困らせたくはなかった。

「それもそうだな。サリーシャに微笑まれて虜にならぬ男などいないだろう」

 タイタリアの若き王太子──フィリップ殿下は納得したように頷き、朗らかに微笑んだ。

 なんて残酷なことを言うのだろうと、サリーシャは目を伏せた。
 騙そうとしていたのは、とても優しくて、そして酷く残酷な人だ。自身は決してサリーシャの虜にならなかったくせに、悪気なくそんなことを言う。
 そのこんこんと涌き出る泉のように澄んだ瞳に映るのは、自分ではない。それに気付いたのはいつからだっただろう。

 フィリップ殿下は隣にいる少女──エレナ=マグリット子爵令嬢と視線を絡ませるとそっと肩を抱き寄せ、その頭頂部に愛しげにキスをした。エレナ様の頬がバラ色に染まり、フィリップ殿下はそれを見て頬を緩める。
 エレナは王都から遠く離れた田舎の子爵家のご令嬢だ。なんのとりえもない地域の、たいして身分もない子爵の長女である彼女は、この国のだれもが憧れる座を手に入れた。この結末は、多くの貴族達にとっては予想外だった。けれど、サリーシャには予想出来ていた。