いまだにサリーシャを気にかけるとは、相変わらず優しい。その優しさはフィリップ殿下の美点だが、今のサリーシャには少しだけつらかった。

「まあ、殿下。わたくし、これでも『瑠璃色のバラ』と呼ばれておりますのよ? 素敵な殿方を射止めて幸せに暮らすに決まっているではありませんか。殿下に負けないくらい」

 サリーシャが自身の一番のお妃候補であったことは、彼自身も知っていたのだろう。それはそうだ。もう何年もの間、フィリップ殿下の隣にいる異性といえば、サリーシャだったのだから。

 サリーシャは口元を扇で隠すとウフフと笑う。
「嘘だわ」という心の声を、ぐっと押しとどめて。

 元々貧しい農家の娘だったサリーシャは、フィリップ殿下の妻の座を射止めるだけのために、領主であったマオーニ伯爵家に養女として迎え入れられた。サリーシャの珍しい瑠璃色の瞳と美しい容姿は、まだ十歳だったにも関わらず村の外まで評判だったという。

 サリーシャには、このミッションを達成できなかった今、帰る場所もない。あの厳しい養父にはなんと言われるだろう。よぼよぼの、けれど権力だけはある老人貴族にでも売られるのが関の山だろう。