「それに……あの怪我を負い、そなたが貴族社会において伴侶を探しにくくなることは分かっていた」

 そう言うと、フィリップ殿下は握ってた手からふっと力を抜く。手持ちぶさたのようにその手をさ迷わせたあと、テーブルのティーカップへ伸ばした。しかし、口には運ばずに弄ぶように、中の液体をくるくると揺らしているだけだ。
 サリーシャは無言で渦を描いて揺れる琥珀色の液体を眺めた。フィリップ殿下は何から話すべきか考えあぐねいているようで、顎に手を当てて言葉を一つ一つ選ぶようにゆっくりと喋る。

「実は、サリーシャに褒賞を用意していたのだ」
「褒賞?」
「ああ。あの日、反逆者からエレナと俺を守った褒賞だ。思いついたものがすぐに渡せるものでもなかった故、事前に準備をすすめていたところ、妙な噂を聞いた。そなたが、祖父と孫ほども歳の離れたチェスティ伯爵のもとに後妻として嫁ぐと」

 サリーシャは目を伏せた。長い睫毛の陰が瑠璃色の瞳を覆う。

 サリーシャとチェスティ伯爵とは、正式には婚約していない。しかし、マリアンネも噂で聞いて知っていたことからも分かるとおり、きっと噂好きな貴族社会では既に正式決定しているかの如く情報が出回っていたのだろう。それが回りに回ってフィリップ殿下の耳まで届いたのだ。