サリーシャは手元の金属を見た。引き金は少し丸っこい形をしており、指がかけられるようになっている。本当に引くのは怖いから触るだけ。そう思って人差し指で軽く触れてみると、少しひんやりとした感触がする。
 銃口の先を見つめると、的の円形が何重にもなっており、中央部分は黒く塗りつぶされている。あの黒い部分を狙えということだろう。

「ありがとうございます。勉強になりましたわ」
「? 引き金を引かないのですか?」
「はい。本当に引くのは怖いです」

 サリーシャはそのままマスケット銃をマスケットレストから下ろすと、ペロリと舌を出した。サリーシャが銃を触ったのは今日が初めてだし、剣すら握ったことがない。たかが引き金を引くそれだけの行為が、なんとなく恐ろしく感じた。
 ブラウナー侯爵はあからさまに眉を寄せ、はぁっとため息を吐いた。

「そんなことでは、立派なアハマス辺境伯夫人にはなれませんよ?」
「でも……、やっぱり怖いです。実際に撃つときは、セシリオ様にご一緒していただきますわ」
「……困りましたね。予定が狂ってしまう」
「予定? 大丈夫ですわ。結婚式まではまだ時間があるもの」