セシリオはサリーシャを妻にすると言った。だから、自分は未来のアハマス辺境伯夫人なのだ。こんなところで逃げ出してはいけないと思った。

「ブラウナー侯爵。ご忠告いただき、誠に痛み入りますわ。では、ブラウナー侯爵に認めていただけるようなアハマス辺境伯夫人に相応しい女性になれるよう努力しますので、これからもよろしくご指導くださいませ」

 社交界でさんざん鍛えた仮面のような笑顔を浮かべると、ブラウナー侯爵はぐっと押し黙った。そして、忌々し気に配膳されたばかりのステーキ肉にナイフを突き刺した。

 白い皿の上に肉汁と血が混じり合った赤がみるみるうちに広がってゆく。サリーシャはそれを、まるで別の世界の出来事であるかのようにぼんやりと見つめていた。