「悪かった」

 どれだけそうしていただろう。
 しばらく無言でサリーシャを見つめていたセシリオは、絞り出すように一言、そう言った。
 サリーシャは驚いて顔を上げた。サリーシャには、セシリオから謝られることなど、何一つない。本当によくしてもらったと思っている。全ては最初にきちんと本当のことを打ち明けなかったサリーシャが悪いのだ。

 サリーシャが見たセシリオのヘーゼル色の瞳には、怒りとも悲しみともとれるような感情が揺らめいていた。

「俺はきみが俺のことを慕ってくれていると、勘違いをしていた。冷静に考えれば、きみにはこの婚約を断る(すべ)が何もなかった。社交界で『瑠璃色のバラ』とうたわれたきみだ。こんな貴族らしからぬ男の妻には、なりたくなかったんだろう? だからと言って、あんな夜更けに飛び出すなんて……、本当になにかあったらどうするつもりだったんだ? そんなにも切羽詰まっていたと今まで気づいてやれなくて……悪かった」

 自嘲気味に笑い、吐き捨てるように言ったセシリオの言葉に、サリーシャは頭を鈍器で殴られたかのような衝撃を受けた。

「ち、違うっ……」
「違う? では、なぜこんな夜更けに人目を避けて逃げ出した? 結婚が嫌だったんだろう?」
「違いますっ!」