しばらく逡巡(しゅんじゅん)した後、サリーシャはハンカチを持ってそっと部屋を抜け出した。

 先ほど夕食をしたプライベート用ダイニングルームも既に片付けが終了したようで、階段を登った先にある三階はひっそりと静まり返っていた。サリーシャは誰もいない長い廊下を出来るだけ足音を立てないようにそっと、けれど早足で進む。初めて立つ一番奥の大きな両開きの扉の前で、緊張の面持ちでノックした。

「誰だ?」

 閉じられたままの扉の向こうから聞こえてくる声は、サリーシャが聞いたことがないような固くて酷く冷たいものだった。

「あの……、サリーシャです……」

 答えながら、早くも後悔の念が湧いてきた。こんな冷たい口調のセシリオは初めてだ。やはり、ここへは来るべきではなかった。ハンカチを渡すのはまた今度にしよう。そう思って踵を返そうとしたとき、扉がカチャリと開いた。

「サリーシャ!?」

 慌てた様子で扉を開けたセシリオは明らかに驚いた顔をしていた。