その日の夜、自室に戻ったサリーシャは、テーブルの上に刺繍をしたハンカチが置きっぱなしになっていることに気が付いた。せっかく今夜は二人で食事が出来たのに、またもや渡しそびれてしまったのだ。

 サリーシャはそのハンカチをテーブルに置くと、サイドボードの方向に歩み寄り、そこに置かれた刺繍道具ともう一枚ハンカチを見つめた。ハンカチはセシリオとお出かけした際に買った二枚のうちの一枚で、ふちにアハマスの軍服のような深緑色のラインが入っている。既に『C』の刺繍は施したのだが、未だにモチーフが決まらずにいた。

「うーん、どうしようかしら。やっぱり剣と盾のセットかしら?」

 屈強な軍人のイメージが強いセシリオにはやはり剣と盾が似合うような気がした。マオーニ伯爵から促されたとは言え、なぜ初めて会った日にシルクハットの刺繍を施したハンカチなどをセシリオに渡してしまったのか。セシリオという人を知れば知るほど、イメージとはかけ離れている。

「二枚揃ってだと、まだ何日かかかるわね……」

 サリーシャはまだ『C』しか刺繍されていないハンカチを手に、頬に手をあてて独りごちた。サリーシャの刺繍のスピードは普通だとは思うけれど、剣と盾を仕上げるにはあと二、三日はかかる。
 サリーシャは振り返って壁の機械式時計を見た。時刻は九時過ぎを指している。遅いと言えば遅いが、夜会や舞踏会であればまだ会場で盛り上がっている時刻、それほど問題は無いように感じた。