■ 第三話 挑発

 食事が終わった後、セシリオはサリーシャとマリアンネを伴って二階の客間に送り届けてくれた。二人とも滞在する部屋は屋敷の二階に位置していたが、サリーシャの部屋の方が階段から近いので、先に到着した。

「おやすみ、サリーシャ」
「おやすみなさいませ。閣下、それにマリアンネ様」
「おやすみなさいませ」

 部屋の前でサリーシャは小さくお辞儀する。マリアンネがいるのでいつものような抱擁はなく、あっさりとした別れだ。去って行くセシリオの後ろ姿を見おくりつつパタンとドアを閉めると、シーンとした部屋にはドア越しに、遠ざかってゆく足音がかすかに聞こえた。

「これ、渡せなかったわ」

 部屋で一人椅子に腰かけたサリーシャは、ハンカチを眺めながら小さく独り言ちた。今夜、セシリオにこれを渡そうと思っていたのに、二人きりになる機会がなくて渡しそびれてしまった。手元にあるそのハンカチに刺繍された『S』の形を指でなぞると、指先に糸の膨らんだ感触がした。

 サリーシャはそのハンカチを眺めながら、先ほどの晩餐会の時のことを思い返していた。マリアンネとセシリオ、モーリスは間違いなく旧知の仲のようだ。それも、マリアンネは子どもの頃の話などもしていたので、ずっと昔からの知り合いだ。