セシリオはいつも夕食後、部屋の前までサリーシャを送り届けてくれる。その日も部屋のドアを開けたセシリオは、サリーシャに向き直った。

「サリーシャ。俺はあまり仕事に休みもとれない。つまり、我が愛しの婚約者を同じ屋敷に迎えながら、その顔を見る機会が朝食と夕食の一日たった二回しかないんだ。その貴重な二回くらいは、死守させてほしい。わかるかい?」
「っ! ……はい」

 サリーシャの心臓はドクンと跳ねた。セシリオは、これまでも態度で好意を示してくれてはいたが、『我が愛しの婚約者』と直接的に言われたのは初めてのことだ。それと同時に、そのことに舞い上がるほど喜んでいる自分にも気づき、愕然とした。すぐ先に別れが見えているのに、自分はこの人にどうしようもなく惹かれているのだ。

「よし。あと、今日はこれをきみに」

 セシリオは軍服のポケットからなにかを取り出すと、サリーシャの手に握らせた。サリーシャがそれを握らされた右手を開くと、それは銀製の小さな鍵だった。

「鍵? これは??」
「中庭の鍵だ。時々、あそこに行っていると言っていただろう? あそこは俺の母親が管理していたんだが、よかったらこれからはきみに管理して欲しい。好きなように変えてくれて構わない」