「私も、加瀬……そう、加瀬 琴になったんですよね?」
「名前が不満だなんて言うなよ? さすがに苗字はどうにも出来ないからな」
確かにまだ加瀬の名前に慣れるのには時間がかかりそうだと琴は思う。何の心構えもなく攫われパリでの挙式を挙げた、今だってまだ実感がほとんど無い。
それなのにどうして加瀬はこんなにも落ち着いていられるのか、彼はずっと余裕の表情のままだ。
「か……ゆ、志翔さんは私との結婚を悩んだりはしなかったんですか? どんな人間かも分からないような旅館の仲居とあっサリ結婚を決めてしまうなんて、普通はあり得ませんよね」
恋や愛とは互いに時間をかけて育てていくものだと考えている琴には、加瀬の行動はあまりにも思い切りが良すぎた。数回あっただけの自分をどうして一生の伴侶に選んだのか不思議で仕方がない。
しかし加瀬は、特に気にした様子もなく……
「悩まなかったな、あんたを見た瞬間に絶対連れて帰ろうと思ったから。あの時に琴が「攫って」と言ったのは俺にとってはとても都合が良かったんだ」