加瀬(かせ)がどこで仕事をしているかなんて(こと)にとってはどうでもいい事だったが、自分もついて行く理由が分からない。
 だが先ほどの出来事を段々と思い出してきた琴は、加瀬が本気で自分を攫う気なのだと気付く。琴は慌てて彼に待って欲しいと頼もうとするが……

「何故? 俺が自分の花嫁を連れて家に帰ることの何がおかしい?」

「……花、嫁? いったい誰が?」

 当然だろうという顔をして琴にそう告げた加瀬と、彼の言葉の意味が全く理解出来ない琴。それもそのはずだ、琴は加瀬に攫ってとは言ったが結婚してほしいなんて一言も頼んでいない。
 加瀬という意外とお節介で不器用な男性に対して好感は持てたが、恋愛感情の方の好意は持っていない。

「音羽 琴。あんた以外に俺に攫われている女がどこにいる」

「あ、やっぱり私は加瀬さんに攫われていたんですね……って、そんないきなり困ります!」

 確かにこのタクシーの中には加瀬と琴以外にはドライバーの初老の男性しかいない。運転手の彼を花嫁というには無理がありすぎる。
 だからと言って攫って花嫁にするからパリに連れて行くなんてあまりにも急な話で、琴はとてもついていけなかった。