人とのいざこざは苦手で、出来る事なら目立たずにいたい(こと)にとって、ルカのその言動は少し悩みでもあった。だからといって講師であるルカを邪険にすることも出来ず、強引な彼に押し負けてしまう。
 ジュリアが傍に居ないときはなるべくルカに近寄らないよう気を付けた。けれども……

「琴はどうして私を避けるのですか?」
「避けてはいません、ただこういう距離が近いのはあまり好きじゃなくて」

 日本人が多いこのフラワー教室では、ほとんどの講師が適度な距離感を持って生徒に接しているのに。琴が嫌がっているのに気付いている筈なのに、ルカは彼女と距離を縮めようとする。
 その理由も不明だし、なにより琴は彼の透き通るエメラルドグリーンの瞳がとても怖いと感じていた。

「どうして、私に構うんですか? 私はルカ先生の興味を引くようなところは無いはずです」
「……そんなことありませんよ、琴はとても魅力的な女性です。そんな貴女の周りにいる人たちも含めて、ね」

 ルカのその言葉に琴の背中にゾクッとしたものが走る。今の発言は、まるで琴の家族や友人の事まで知っているかのような口振りだった。
 そんなはずはない、この講師とはパリの街とこの教室でしか会ったことが無いはずなのだから。だがそれ以上は会話をする勇気もなくて、琴は逃げるように教室から出て行った。


「……そろそろ、頃合いかな? 後は君に任せましたよ」
「……了解、あの約束は守ってもらうから」
「もちろんです」

 琴が去った後でルカともう一人がそんな会話をしていることに、教室内の誰も気付いてはいなかった。