(こと)の様子が変わったことに気付いて、加瀬(かせ)は少しだけ腕の力を抜いて彼女を覗き見る。琴が加瀬の態度に不安に感じた理由が彼にはまだ分からなかったから。
 だがこのままではいけないと思い、琴も思い切って口を開く。何を言わずに我慢していても良い事は無い、それは今までの経験で十分過ぎるほど分かっていた。
 
「……その、もし私に悪いところがあればちゃんと教えて欲しいです。私は察しが良い方ではないと、何度も家族にも言われてきましたし」
「は? いったい何の話だ、俺はそんなことは言ってないだろう」

 琴の言葉に加瀬は驚いてた表情でそんなことは無いと返すが、なかなか彼女は納得しない。琴には意外と頑固な部分があることを加瀬は今になって思い出す。
 そういえば自分が「攫ってやる」と言った時も、琴はなかなか首を縦には振ろうとしなかったと。

「でも、さっき志翔(ゆきと)さんは私の名前を言いかけました。それって私に志翔さんを不機嫌にさせた理由があるってことなんじゃないんですか?」
「違う、そういう意味じゃない。あの時は俺も向きになっていたというか……とにかく俺は琴が悪いとは欠片も思ってないから、そうやって自分を責めるな」

 言いたい事があるのに、今はまだ言えないというような複雑な表情だ。加瀬のそんな顔を見てこれ以上は言わない方が良いのかと思い、琴も小さく頷いて見せた。
 確かに加瀬の言う通り自分を責めてばかりいるのも、自分の悪い癖だと彼女も気付いたから。