新婚旅行はもう少し落ち着いてから、そう加瀬に言われて琴は反対しなかった。彼女からすれば日本からパリまで連れて来られたので、それが新婚旅行のような気がしていたくらいで。
それに加瀬は数日の休みまでとって琴を色んな所へと連れて行ってくれた、それだけで十分思い出も出来たのだから。
「志翔さんは明日からお仕事なんですよね。家で大人しく待っているだけなのもつまらないので、私も何か出来ることを探してもいいですか?」
「寂しいのか? 俺が仕事でいないのが」
寂しい、どうだろうかと琴は考える。今までは家族と暮らしていてもずっと一人のようなものだったし、そう言われてもピンとこない。
そういう辛さには耐えられる、そんな自信が彼女にはあった。
「ええと、寂しいというか暇なんです。家事以外ですることが無いと、どうしても落ち着かなくて」
ずっと旅館の雑用に追われていた彼女に暇な時間などほとんどなかった。急にのんびりしていろと言われても琴にはそうすることが出来ない。
それを理解している加瀬は、怒ったりはせずに目を細めてこう言った。
「こういう時は嘘でも寂しいと言ってもいいのにな。それだけで男は喜んだりもするものだ」
「……喜ぶ? それは志翔さんもですか?」
そんな風には見えないが、加瀬は「そうだ」と頷いて見せる。琴は戸惑いながらも少しだけ寂しいです、と彼に伝えることが出来た。
自分を幸せな気持ちにしてくれる、そんな加瀬にほんのちょっとでも喜んで貰いたくて。