フロアの片隅で、小さな歓声が上がった。小学生くらいの小さな子供たちだ。
 ちょうど、わたしの弟と妹ぐらいの年頃だ。微笑ましく見ていると、輪の中心にいる人物の姿に、たっぷり三秒ほど経ってから気づいた――まさかあいつは。
 思わず、女の子らしくない「げっ」という言葉が口をついて出てしまう。輪の中心にいたのは、何を隠そう、わたしの同級生にして天敵である、御影十九郎(みかげとうくろう)その人だったからだ。わたしが一番会いたくない人物だ。
 その性格は、一言で言えば猫被りだ。見た目と表面上の態度だけは、良家の子息とでもいうふうな気品のあるお坊ちゃまなのだが、一皮剥けば、その下には辛辣な皮肉屋の顔しかない。
 ひょんなことから奴の裏の顔を知ってしまったわたしは、ことあるごとに彼から皮肉の嵐を受けている。何が一番残念かって、わたしと彼は席が隣同士なのだ。
 例えば、わたしが授業で盛大に答えを間違えたときは、小声で「なかなかの興味深い回答だ」と心底小馬鹿にした表情で告げてくる。
 バレーの授業で顔面レシーブをきめてしまったときの言葉は、労りの言葉でもなんでもなく、「いいディフェンスだった」とからかってくる。そのたびにわたしは抗議の声をあげるのだが、言い負かされている始末だ。
 そんな底意地の悪い御影と子供たちの組み合わせ。にわかには信じがたい光景だ。それもそのはず、いつもわたしの前では仏頂面を晒している御影が、子供たちの前ではキラキラさせた笑顔を浮かべているからだ。
 病院に備え付けの絵本を持ちながら、肩によじ登ってくる子供をあやしているその様子。いつものわたしが知っているやつではなかった。
 その笑顔は、なんというか、わたしの弟と妹が浮かべるような、屈託のないものだった。思わずじっと見てしまう。