ふんわりとしたアイボリーの生地にピンク色のリボンをあしらった、控えめで上品なドレス。
 それを身に纏ったアニエスは、自身の胸元を見てじっと固まっていた。
 胸元に結ばれたリボンの中央には、青い石のブローチがついており、きらりと光を反射している。

「……これって、そういう意味でしょうか」

 クロードから贈られた昼用のドレスは装飾も色も控えめで、アニエスの心にも優しい。
 だが胸元を飾るこのブローチの青い色は、クロードの花紺青の髪を連想させる。

「……そういう意味、なのでしょうね」

 ドレス全体の色味からして、青を持ってくる必要はない。
 となれば意味があるわけで。
 意味のある青と言えば、クロードの髪色くらいしか思い当たらなかった。

「外したら……駄目ですよね」

 わざわざこれを贈ってきたのだから、身に着けてほしいということのはず。
 仕立ててくれたのはドゥラランド達だろうし、その労力を無にするのも忍びない。
 これはドレス代の代わりだと自分に言い聞かせると、アニエスは小さく息を吐いた。


「姉さーん。お迎えが来たよ」
「はい」
 ケヴィンの声に扉を開けると、何故か驚いた様子で瞬いている。

「今日はすぐに出て来たね。……うん、可愛いじゃない。やっぱり明るい色も似合うよ」
「ありがとうございます」
 笑顔のケヴィンを見ると、恥ずかしいけれど嬉しくもなる。
 こんな風に喜んでくれるのなら、明るい色の服を着るのも悪くない気がしてきた。

「ちゃんとクロード様の色も入っているんだね」
「……それは」
「はいはい。もう時間だから、さっさと行こうねー」
 口を開く前にケヴィンに押し出されて玄関ホールに向かうと、そこには黒髪に朽葉色の瞳の青年の姿があった。


「お久しぶりです、アニエス様」
 クロードの護衛であり騎士であるモーリス・グノーは挨拶をすると、何故か笑顔を向けてきた。

「そのドレスも、とてもお似合いですよ。先日のピンクのワンピースも可憐でしたが、今日は清楚で美しい」
「……クロード様に褒めるよう指示されているのですか?」
「まさか。正直な感想です」

 本当だろうか。
 クロードならばそれくらいの根回しをしてもおかしくない気がする。
 そこでふと、モーリスの言葉に気になる点を見つけた。

「何故、ピンクのワンピースを知っているのですか?」
「私は殿下の護衛騎士ですので」

 さらりと返された答えに、アニエスの体が強張る。
 ピンクのワンピースを着たのは、クロードと出掛けた時だけだ。
 それを知っているということは、つまり。

「……あの日。見ていたのですか?」
「他にも、二名ほど一緒に。アニエス様の進言のおかげで護衛をつけやすくなりまして、助かっております」

 そうだ、そうだった。
 クロードは王子様で、それも王位継承権が王太子に次いで第二位で。
 護衛がつくのは当然で、むしろちゃんとつけろと言ったのはアニエスの方で。
 つまり……見られていたということだろうか。

「あ、あの。どのくらい……何を、見て……」
 混乱と恐怖で声が震えながらも問いかけると、モーリスは口元に手を当てて考えている。

「そうですね。苺の串を食べているあたりでは、他の二人が悶絶しておりました。……大変にいい傾向ですが、人前ではほどほどにお願いいたします」

「……姉さん、何をしたの?」
「――あああああ!」

 アニエスが顔を手で覆って叫ぶと同時に、どこかで破裂音が聞こえる。
 心配して近くに来てくれたケヴィンの腕に縋りつくと、アニエスは震えながら顔を上げた。


「もう、駄目です。……クロード様とお出かけはしません。もうしません。もう無理です……」

 ピンクの化身を見られた時点で恥ずかしいのに、よりにもよって苺の串を食べて間接キスしたあたりまでバッチリと見られているとは。
 しかも、モーリスだけではなく、他に二人も見ている。

 今後もクロードには護衛がつくのだから、外出自体をなくすしか防ぐ術はない。
 屋敷と畑で生きていこう、そうしよう。
 人間は土と共に生きていくものなのだ。

 アニエスの中で引きこもり計画が着々と進んでいく中、両腕にキノコを生やしたモーリスがため息をつく。
 緋色の傘はアカターケ、鮮やかな赤い傘はベニヤマターケのようだが、今は赤い色を見ると苺の串を思い出すからやめてほしい。

「いえ、それは困ります。私が殺されます。……あの二人はまだ精神の鍛錬が不足していました。今後は目の前でどんないちゃいちゃが展開されようとも、鋼の心で護衛を続けます。どうぞ、ご安心ください」

「――何ひとつ、安心できません!」
 いい笑顔で何を言っているのだろう、この騎士は。
 大体、騎士の鋼の心というものは、そんなことのために使うものではないはずだ。

「無理……無理です……」
 唯一の心の拠り所であるケヴィンの腕にしがみついていると、頭上からため息が降ってきた。

「本当に、何をしたの。……まあ、いちゃついているならいいけどさ」
「――良くないです!」
「何にしても、もう行かないと時間だよ。ほら」

 ケヴィンに馬車に押し込まれると、無情にも扉が閉められる。
 何だかすっかり疲れてしまい、ぐったりと力なく座るアニエスの心を置き去りに、馬車が走り出した。


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【今日のキノコ】

アカタケ(赤茸)
緋色の傘で、肉を潰すと赤い汁が出る毒キノコ。
煮汁で染め物をすることもあるらしく、自身の赤い汁に誇りを持っている。
苺串間接キス事件を思い出したアニエスに、「赤い汁を出すから、ハンカチで拭いてほしい」と生えてきた。
視線を逸らされたのは寂しいが、恥ずかしがるアニエスも悪くないと新たな胞子の扉を開きかけている。

ベニヤマタケ(紅山茸)
鮮やかな赤い傘を持つキノコで、群生が得意。
食用であり、ペリペリとした独特の質感と彩りが楽しめる。
苺串間接キス事件を思い出したアニエスに、「苺と同じ赤だよ!」と傘を揺らしてアピールしている。
いつかベニヤマタケ串をアニエスとクロードの二人に食べて欲しいが、串に刺されたら痛いのか心配。