玄関の前でもう一度インターホンを押す。
ガチャっと開いて、今度は倉瀬本人が出てきた。

「今日はちゃんと来れたな」

「さすがにもう覚えましたよ」

意地悪くからかう倉瀬に、奈々は不満そうに頬を膨らませる。

「お邪魔します」

きちんと挨拶をし、慣れた足取りでリビングへ入った。

テーブルの上にはたくさんの資料や参考書が開いた状態で置かれている。

「勉強でもしていたんですか?」

「ん?まあな」

何でもないように言う倉瀬だが、奈々は心密かに感心する。付き合ってみてわかったことは、倉瀬は思った以上に努力家だということだ。

親の七光りで人生安泰、余裕綽々、将来の社長の座が約束されているとまわりからは思われている倉瀬。奈々もそんな噂話は何度か耳にしたことがある。朋子達が騒いでいるのを聞きながら羨ましいことだと思ったものだ。

けれど倉瀬を知れば知るほど、実際は違うのではないかと奈々は感じるようになった。

倉瀬自身、小さい頃から親の期待を一身に受けて育った。それは今でも変わらず、会社の将来を任せるような発言を父親はよく口にする。

だが実際、トントン拍子に行くような話かといえばそうではない。自分より年上や経験の長い社員に比べたら知識や経験が圧倒的に足りないのだ。それなのに上の立場になるためには、日々の仕事以外に自己啓発が必要不可欠である。誰にでも認められるようになるためには、努力をするしかない。

飲みに行った際に酔った倉瀬がぽろりと言ったのを奈々は覚えていた。それ以外では何も言わないし、会社でもそんな姿は見せない。

応援したいけれど邪魔になってはいけないと考え、奈々は仕事の領域にはあまり踏み込まないようにしていた。