俺の手を引っ張る廉。俺はされるがまま。抵抗する気も逃げる気もさらさらなかった。

館内にいる客には異性カップルや家族が多かった。大人の話し声。子供の叫び声、鳴き声、笑い声。パタパタと走り回る足音。誰かと誰かがぶつかる音。鳴き声。店員が駆けつける足音。話し声。ラブラブムードなカップルの話し声。別れ話をもちかけられそうなカップルの話し声。

俺と廉はそんな水族館で笑いながらデートをしていた。夢みたいだと思った。隣で楽しそうに魚を眺める廉も、俺の手を離そうとしない廉も、笑って俺の名前を呼ぶ廉も。みんな俺の幻覚なんじゃないかと思えるほど今この時間が幸せだった。

「うわっ!」

曲がり角から小さな男の子が飛び出してきた。その男の子に廉がぶつかりそうになる。実際、ぶつかってはいないのだが驚いた拍子に男の子は尻もちをついてしまった。その後は想像できるだろう。

「う……うえ〜ん……っ」

小さな男の子の鳴き声が館内に響いた。俺はどうしたらいいのかわからなかった。だけど廉だけは慌てずに落ち着いていた。

「よしよし……ぶつかってごめんね。痛かったよね。大丈夫だよ。もうすぐお母さんが来ると思うからね」

しゃがんで目線を男の子と同じにする廉。優しい声で男の子が落ち着けるような声で話しかける廉。対応が神っている。だけど廉がしゃがんだことにより繋いでいた手が離れてしまった。

今更だが、俺は物凄い人を好きになってしまったのではないだろうか。そんなバカげたことを考えながら廉の対応を眺めていた。ここは素直に廉に任せた方が身のためだろう。分からないことをして男の子を泣かせてしまっては元も子もないのだから。

「ままぁ〜……っ」

廉が男の子の頭を撫でながら慰めようとする。だが男の子は一向に泣き止まず、ただただずっと涙を流していた。

「どうされましたか?」

そんな時、水族館のスタッフが現れた。心配そうな表情とは裏腹にトラブルを起こさないで欲しいと願う表情。なんとも言えない表情で女性スタッフは俺たちを見て、男の子を見た。そこは上手く営業スマイルとやらで対応して頂きたいのだけれども。

「迷子ですか?」

「……そのようです」

廉が答える。俺は黙って女性スタッフと廉の会話を聞いていた。

「にちゃ!」

「……へ?」

くいっとズボンが引っ張られたと思ったら男の子が俺のズボンを引っ張っていた。しかも俺の事を誰かと間違えている様子だった。

「え?司くんの知り合いなの!?」

「違う違う!」

廉に必死になって違うと言う。何度も違うと言うがその度に男の子が泣きそうになるのでどうもできず俺は困り果ててしまった。

俺と廉の密かなデート時間で誰かが加わってきたら楽しみたいけれど楽しめないじゃないか。そんな嫉妬じみた醜い感情を男の子に向けてしまった。大人としてはじすべき行為なのかもしれない。そう思って必死にその気持ちを隠すことにした。