さて、そんな浮かれた気分をしまい込み、俺は廉の家の前にいた。

勇気を降り出して、廉の家の呼び鈴を鳴らす。

「はーい」

そう言って女性の声が聞こえたので、俺は呼び鈴に向かって話しかけた。正確に言えば、その先にいる廉の母に向かって。

「あら、司くん?」

「あ、はい……お久しぶりです」

相変わらず廉の母は声が高い。女子高生なみに声が高くて困る。耳がキーンとして、耳を塞ぎたくなりそうだ。

「廉に用?」

「はい」

「待ってて、呼ぶから」

そこで話が終わったが、数分後、慌てて家から飛び出してくる廉がいた。起きたばかりなのだろうか。髪はボサボサで、肩の服が少しズレていて、肩が見えてる。あまり誰かに見せてほしくはないのだけれど、周りに人がいないため気にしないことにした。

「ゆっくで良かったのに」

「そ、そんなことできないよ……司くんを待たせたらお母さんに怒られちゃう」

「なんだそれ」

俺はそう言って笑った。廉の母に嫌われていないことに安堵した。

同性結婚が許されてないこの国で、結婚することは出来ない。それでも俺は廉と一緒にいたい。付き合うことを法律で禁止されてるわけじゃないんだから堂々と付き合おうじゃないか。どれだけ周りからの視線が痛くても、俺らが幸せだったらそれでいいんだから。

「今日はどこに行くの?」

「水族館」

「え……?」

さて、なぜ今日、俺が廉の家に来てまで彼を向かいに来たかというと、付き合って初めてのデートだからである。

告白してから仕事やらで忙しく、デートに誘える機会がなかったため、こうしてデートに誘えて、二人だけでどこかに行けるのが最高に幸せだった。

この時ばかり、馬鹿みたいに心から幸せだったんだ。この先何があっても乗り越えられると信じて疑わなかった。必ずしも神が俺らの味方をしてくれるわけじゃないのだから。



「でも、なんで水族館?」

二人で電車に乗り、廉が一番最初に口を開き話し始めた内容はこれだった。

まぁ確かに、なぜ水族館なのか疑問に思うのは当たり前なのだけれども、そこまで気にしなくても……と内気になってしまう。

「……携帯で色々検索したら遊園地はダメだって……」

「え、なんで?」

廉の素朴な疑問に対してどうやって答えたらいいのか迷った。ここは素直に別れる確率が高いから、とか言ったらいいのだろうか。でも、俺にはそんな勇気ない。ここは嘘でも言った方がこの先得だろうか。

「…………検索しよ」

そう言って廉は携帯を取り出して検索画面を開いた。

「ちょ……!おい!」

無理に止めようとしたが、廉はするりと避けてしまい、俺は負けた。すばしっこいヤツめ。

「……あ〜なるほど」

廉は納得してホーム画面に戻り、携帯の電源を切ってカバンにしまった。

「そんなに別れたくなかったんだ」

イタズラっぽく言う彼に俺は渋々、頷いた。

「……付き合ったばかりで別れたくなかった」

そう言うと、なぜか彼は頬を赤くして下を向いてしまった。

「廉……?」

「……司くんのそういうところズルい」

ムスッとした顔でそんなことを言うので俺は戸惑ってしまう。何もしてないはずなんだけど。

「どうしよ……」

「司くん!」

困っていると、バッと顔を上げて俺の顔を見る廉がいた。

「ど、どうした……?」

不意打ちで少し驚きもしたが、平常心を保つ。廉は何もしてない。ああ、そうだ。廉は何もしてはなくて俺が勝手に驚いただけだ。

「司くん、大好き!」

そう言って微笑む廉に俺は目を点にせざるをえなかった。

「へ……?」

まさか漫画みたいにこんなにもド肝を突かれるほど驚く日が来るとは。好きな人の力って凄い。これは本当に恐ろしいな。

「いやね……司くん、仕事で忙しくて会える暇なかったじゃない?」

「ああ、そうだな」

「だから……今会えてる時に言った方がいいかな、って」

「……そっか」

廉の理由に納得して俺は勇気を降り出して言うことにした。

「俺だって廉に負けないぐらい廉のこと大好きだからな」

「あ!僕だって司くんに負けないぐらい司くんのこと大好きだよ!!」

二人で意地になってそんな言い争いをしていると、ゴホンと咳払いの声が聞こえた。

「電車内ではお静かに」

「すみません」

二人で素直に謝り、静かにすることにした。注意してくれた中年女性に感謝しつつ、俺らは笑いあった。

別に中年女性の注意が面白くて笑ったとか、特別面白いことがあったわけではないが、廉と目が合って笑ってしまった。

嬉しさと、照れと、幸せが混ざりあって笑みが零れたのかもしれない。幸せな笑みだ。この笑みは大切にしておこう、と心に決めた。