侑李が早くに眠ったため、私も帰ろうかと思ったけど、侑李の寝顔を眺めていると、いつの間にか時間がたっていたらしく、いつもの病院を出る時間になっていた。

·····ずっと見ておきたい。




家に帰り、夕飯をすませ、洗濯物を畳んでいる時、スマホが振動しているのに気づいた。

お兄ちゃんかな?、と思い画面を見ると、そこには今日会ったばかりの人の名前が映し出されていて。



━━━━━━━━━声ぐらい聞かせろよ。



1分·····。

1分だけの電話。




「···············はい··········」


緊張して、ボタンを押す手が少しだけ震えた。何だか声も震えている気がして。


『··········俺だけど』


初めて聞く電話越しの声は、少し違和感があった。
いつもより落ち着いているような·····。



「はい、分かります·····」

『もう家?』


「はい」

『そっか·····、つーか今電話平気?』


あんなにも強引で、グイグイくるのに、「電話平気?」という和臣がおかしく思えた。


「平気ですよ、洗濯物畳んでました」

『洗濯物?』

「はい、最近ずっと雨で·····、やっと乾いたので」

『確かに今日も降ってたな』


やっぱり声に違和感·····。
電話越しの和臣の声は、いつもより大人っぽく感じる。


そういえばと思い、私は口を開いた。


「あの·····すみません、傘」

和臣の傘は、私が持っているから。
傘が無かった和臣は、絶対にあの後濡れたはずで。



『なあ、ずっと思ってたけど、何で敬語なんだよ?』


見事に質問をスルーされ、返事に困る。


どうして敬語?
そういえば和臣は私に対して普通に話すけど、今この電話では私は敬語で話してて·····。

考え出た答えは、「年上だから·····?」だった。



『いいよ、普通に喋って。つーかさっきは普通に話してただろ?そんな感じでいいから』


確かに、さっき普通に話してたけど。
こうして電話をする時は、どうしてか敬語で話してしまう。顔が見えてないからか·····。


「でも·····」

『でも何?』

「緊張する·····、敬語じゃなかったら上手く喋れないかも·····」


電話の向こうで、和臣の笑う気配がした。


『多分、俺の方が緊張してる。いつ電話かけようかすげぇソワソワしてたし』


和臣がソワソワしてるとこなんて、あまり想像できなくて。


『電話出てくれなかったらどうしようって思ってたぐらいだから』

「ちゃんと出るよ」

『うん、出てくれてすげぇ嬉しかった』


約束したから。
ちゃんと約束は守るから。


『密葉とは、そういうの無しにしたい』

「そういうの?」


そういうのって?


和臣からは見えていないというのに、私は無意識に首を傾げていた。


『歳とかの上下関係とか·····』


つまり、同い年のように接するってこと?


「うん·····」

『だから、敬語なしな』

「うん」

『なあ』

「なに?」

『····1分って短ぇな』


たまに口が悪い和臣は、静かな声で呟いた。

スマホの画面を見ると、もう40秒以上が経過していて。




「··········うん·····」

『明日もこの時間に電話してもいいか?』

「うん·····9時ぐらいなら、もう家に帰ってるから」

『分かった』

「じゃあ·····またね。明日ね」

『ああ、おやすみ』


終わる、1分と決めた時間が。

ゆっくり、耳元からスマホを遠のかせる。

未だ通話中になっており、もう1分が経過していて。



はあ··········と息と心臓を落ち着かせた後、私は通話を切るボタンを押した。


スマホを床に置き、私は何も考えないように洗濯物を畳む作業を再開させた。


また約24時間後に、和臣から電話が来る。
たった1分の電話だけど、こうしてる今もバクバクと心臓が動いているような気がして。


それを紛らわすために、タオルを畳んでいく。


大丈夫。

そう自分に言い聞かせた。












「テストやばぃよー」

本日のテストが終わり、桃はゲンナリとした声を出した。苦手科目が連続で当たったため、「やばいやばい」と頭を抱えていた。


「密葉どうだった?いけた?」

「ううん、それほど。50点ぐらいかな」

「それはいけたに入るのよ。私なんか20点なさそう·····」

「明日でテスト終わりでしょ?」

「だね、早く夏休みなんないかなあ·····」


そうか·····、夏休みになるんだ。
夏休みは侑李のところで過ごそうと、考え込む。


去年もそうだった。
午前中は家事や、夏休みの宿題。
午後からは侑李の時間で。


変わらない日常。
変わらない私の生活。

だけど、今までとは少し違う。
24時間のうち、1分だけが和臣との世界になった。




『俺だけど』

昨日と同じぐらいの時間帯に電話をかけてきた和臣の声は、やっぱり大人っぽい気がした。

どこか落ち着いてるような。


おかしい·····、昨日会って、もう会わないと決めたばかりなのに、会いたい·····、会って顔を見たいと思ってしまった。


「うん」

『今なにしてた?』

「洗濯物畳んでたよ」

『あー、電話切った方がいいか?』

「ううん、大丈夫」

切るなんて出来ない·····。たった1分間なのに。



『なんか·····アレだな』

「あれ?」


あれって何?


『電話越しの密葉の声、ずっと聞いときてぇ』

「え?」


声?
どうして?


『昨日も思ったけど、すげぇ可愛い、落ち着く』


可愛いって·····。
淡々と言ってくるから、恥ずかしくて携帯を落としそうになった。


「な、何言ってるの·····」


恥ずかしい·····、でも、それよりも、和臣も私と同じことを考えてたのに驚いて·····。


「それは私じゃなくて和臣だよ·····」

『俺?』

驚いている声。やっぱり普段聞いている声とは違う。


「凄く穏やか·····、優しく聞こえる」

『そんなこと言ってきたの、密葉が初めてだよ』

「ふふ·····、たまに和臣、口悪いもんね」

『え?マジ?俺口悪い?』



本当に1分が短い。
この電話を切りたくない·····。


けど、約束だから。



「··········またね」

『ああ、明日な、おやすみ』



この電話の終わりは、いつ来るのだろうか·····。







━━━━━━夏休みに入った。


ここ数日、侑李の体調は良好だった。
日帰りだけど、外出許可もでた。
とはいっても、3時間と決められていて。


外出許可が出た侑李は、凄く嬉しそうだった。

侑李が髪を染めたいと言っていたから、それを担当の看護師に伝えると、難しい顔をされた。


侑李の場合は、あまり外に出ていなく、皮膚も他の人より敏感だからもしかしたら染める液体で頭皮を痛める可能性があるとの事だった。


それを聞いた侑李は、「しかたないね」と、少し寂しそうに笑った。



どうにか出来ないかなと、私は面会時間以外でずっと考えてた。

侑李の願いは、できるだけ叶えてあげたいから·····。


ネットで色々調べて、頭皮が敏感な人様の染め粉もあるとあったけど、敏感すぎる侑李にとっては、それさえも危ういんじゃないかって思ってりもして。


やっぱり諦めるしかないのかな·····。





決まった時間に電話をかけてくる和臣。

この数日の電話で、いろいろなことを知った。


足をギプスしていた理由は骨折で、なんでも友達にやられたとか。

もうすぐリハビリも終わるとか。

和臣の通っている高校は隣町の南高校だったとか。


南高校は、私が住んでいる学区ではなく、正直いってあまり知らない学校だった。

ってことは、和臣の家も遠くて。

「どうしてあそこの病院に?家遠いのに」と聞けば、『夜間で行ったから。あそこしかあいてなかった』と言っていた。






『俺だけど』

電話をしてくる時、『俺だけど』と言うのが癖なのかなって思うようになったのは、つい最近。



「うん」

『今日すげぇ暑かったけど、熱中症とか大丈夫か?』

「うん、大丈夫だよ」

『帰り道とかもな』

「うん」

『·····なんかあったか?』

「え?」

『や、なんかいつもと違うなーって』


いつもと違う?
私が?
いつも通り話をしているはずなのに。




「ちょっと考え事してたからかな」

『考え事?』

「うん、頭皮を傷めずに染める方法ってあるのかなって」

『密葉、髪染めんの?』

「私じゃなくて侑李が·····でも、肌が弱いから·····。普通に染めれなくて」

『なるほどな』


私も染めなことが無いし、和臣も綺麗な黒髪。染めるってことを知らないほど、綺麗な髪だったのを思い出す。


『メッシュは?』

「え?」

『メッシュならいいんじゃねぇの?』


メッシュ·····、
たしか1部分だけを染める方法·····。



『メッシュで染めるのがが無理なら、色のエクステとかな。男でもやってる奴いるし、それなら出来んじゃねぇの?』


私がずっと考えていたことの、すぐに解決策を出してくれた和臣。
メッシュやエクステ·····、全然私には思い浮かばないことだった。ただ、刺激が弱い染め粉を探すだけで·····。



『まあ、エクステの方がいいと思う。染めんのは時間かかるし、いったん抜くってなったら、倍の時間かかるから。エクステのメッシュは一瞬だし』

「抜くって?」

『髪な、ブリーチして、色を抜いて、その上から染めたい色をすんの。染める色によってやり方も違うから』

「和臣、染めたことあるの?」

『いや、ねぇけど』


どうしてそこまで詳しいんだろうと思った。
染めたことがないのに。あれかな?私が知らないことがおかしいのかな?
もしかしたら一般常識だったのかも·····。


「ありがとう··········、和臣のおかげ。本当にありがとう·····」

『俺でよければ、いつでも相談乗るから』



明日侑李に言えば、きっと喜ぶ。

和臣に言って、心から良かったと思えた。