涙色に「またね」を乗せて

ベーシックな木目調のドアを開け、そこに湊を迎え入れる。この部屋に彼を入れたのは、夏休みの勉強会以来だ。

この事態を想定し事前に部屋を片付けておいたのだが、それは無駄な努力だったかもしれない。


湊の視線は、私の部屋なんて見ていなかったから。



「これ……」



真っ先に目に入る位置に立てられた、二つのイーゼル。


そこに固定されているのは、夏休みに描いた油絵だ。




一枚は、サンセットビーチの絵。鮮やかで、なおかつ全てを包み込んでくれそうな深淵の青に、蕩けるような金色のヴェールが重なる。

薄っすらと琥珀色に塗った夕陽をバックにして、黒い人影が振り返る。凪いだ海は、実際の記憶よりもエメラルドグリーンを強調した。湊には、この色が一番似合うと思ったから。


もう一枚は、神社の境内で線香花火をする、浴衣姿の梓さんだ。


蝉の鳴き声が聴こえてきそうな夜の闇で、微笑みを浮かべて小さな篝火を灯す彼女。深い藍色に大輪の向日葵をあしらった浴衣と蝶の簪は、遠い昔に撮った写真を見ながら描いた。

ふわりと、蛍のように儚い光に包まれた彼女。それでもなお凛とした雰囲気を感じさせるのは、梓さんがそれだけ気高い人だったという証。




ぱちぱちと燃える線香花火のように、一晩だけ存在を許された祭囃子のように、彼女は儚く散ってしまった。


太陽に手を伸ばす向日葵のように、迷い人を慈しみ導く月明かりのように、彼女は決して長いとはいえない人生を生き抜いた。



そして、彼女が繋いでくれた美しい「今」の道で、大切な人との「過去」を糧に、「未来」へと必死に手を伸ばす。



二年以上のブランクの末、私はこの二枚の絵を完成させた。


湊は、ぼうっと絵を見つめていた。真っ直ぐに注がれた眼差しは思いの外あどけなくて、瞳には星が瞬いていた。緊張がすーっと和らいで、心に雪晴れが広がっていく。