涙色に「またね」を乗せて

「いや、えっと、連れがいるので大丈夫、です」


しかし日頃からこういったピンチに慣れていない為、何が変わる訳でもなく、とりあえず引き攣った愛想笑いを浮かべてみるも、はいそうですかと相手の男は引き下がるようなことはしない。


「連れって誰? もしかして彼氏? おねーさん彼氏いるの? ねぇ」


もう誰の台詞かは大体お察し頂けただろう。ニヤニヤ顔のクズそうな男が、何とも形容しがたい、あえて例えるなら連続殺人犯と下着泥棒を足して二で割ったような顔と消費期限切れの納豆のような声で、ねちっこく彼氏の有無を尋ねてくる。

正直に答えるのならば、いないと答えるのが道理であろう。けれど、馬鹿正直に言えば好き勝手連れ回され、最悪貞操が脅かされてしまうのではないか。暫しの間逡巡し、一か八かの思いで口を開く。


いつもより、幾分か低く作った声で。



「え、っと……。俺、男です……」



自分の発言を、これ程までに恨んだことはない。

必死に考えた結果が男の娘発言か。もう少し他に無かったのか。

賑やかな祭りの空間を遮断するこの沈黙が、相手方の衝撃の多さを教えてくれる。腕を掴んでいた力が弱まり、そっと離された。

やがてナンパ野郎達は、そそくさとその場を去っていった。途中小声で何か言い合う声が聞こえたけれど、どうせろくでもない内容だろう。


「げっ、何その顔」


それから更に数分経って、ようやく湊が戻ってきた。右手にビニール袋をぶら下げ、膨れっ面の私に目を見開いている。

少女漫画なら、ヒロインがナンパされたら颯爽と現れて助けてくれるものではないのか。目の前の彼にそれを求めるのはお門違いとはいえど、もっと早く帰ってきてはくれないだろうか。


「別に。遅かったじゃん」

「ゴミ箱が中々見付からなかった」


さいですか。


呆れを溜息に込めて吐き出し、ついでに訊く。

「それ何?」

夜風に揺れるビニール袋。風の影響を受けながらも、その中身を晒そうとはしない。

「ああ、これ?」

カサリと、湊が袋の口を開いて見せる。その中に入っていたものをみて、つい口元が緩んでしまった。


湊が買ってきた物。それは、花火のお得用パックだった。