涙色に「またね」を乗せて

「ただいまー」



家に帰ると、お母さんが買い物にでも行ったのか、家には誰も居なかった。


「不用心だなぁ。泥棒が来たらどうすんの」


独り言を漏らしながら手を洗ってうがいを済ませ、二階にある自分の部屋へと向かう。


取り立てて何の特徴も無い部屋。そのクローゼット中に自分の特徴だった物が押し込められていることには今日も目を瞑って、勢いよくベッドに倒れ込む。突然の質量に、マットレスが少し沈んだ。


ぼんやりと天井を見つめ、時間の流れに身を任せる。本来ならばもうお昼時だが、昼食を作る気にはなれず、意味もなく額に手を当てる。


自然と脳裏に浮かぶのは、やっぱり今日の放課後のこと。


穂花ちゃん、湊と上手くやっていけるかな。


彼女が何故湊に受け入れられなかったのか、本当は最初から気付いていた。



だって、私も同じだったから。



穂乃果ちゃんが教室に入ってきた時、あまりの美少女っぷりに衝撃を受けたと共に、その容貌が誰かの面影に重なった。


少しだけ、あの人に似ていた。



そんなことを考えている自分に驚いて、慌てて目を閉じる。


駄目だ。最近ちょっと疲れている。


じゃないと、そんなこと思う訳がない。穂花ちゃんが私と同じだなんて。彼女があの人と似ているだなんて。


もうやめよう。少し寝よう。三十分も眠れば、こんなことすぐに忘れてしまう。



眠れ眠れと言い聞かせても中々夢の中へは入れず、ちらりと過ぎる人影が、胸を締め付けるだけだった。