幼馴染は、絵が好きな人だった。



美術部に所属している彼女は、強くて優しくて正しくて、まるで辺りを鮮やかに彩る、凛とした花のような人だった。


我儘で捻くれ者で中途半端に不器用な自分を、ずっと笑顔で支えてくれていた。


小学生の頃はもっと活発でドライで強引な女の子で、その性格は成長と共に変わりつつあるけれど、あのきらきらした笑顔だけは絶対に失われはしないと、ずっと思い込んでいた。



だから、考えもしなかった。



黒い表紙のスケッチブックを大切そうに持ち歩く彼女を、今までどんな目で見ていたのか。



それに気が付いたのは、何もかもが手遅れになってからだった。




忘れもしない、中学三年生の放課後。



ミーティング終わりに黄昏時の廊下を歩いていたら、部活中の筈の幼馴染に出くわした。


「どうしたの。部活は?」


慌てたように両手を背中に隠す姿に疑問を覚えはしたけれど、そこまで気には留めなかった。



目の前の見知った少女が、初めて見る表情をしていたからーー。



悲しげで、苦しげで、誰の目から見ても無理をしていると分かるような、引き攣った作り笑顔。


それでいて、瞳には揺るぎない決意を宿している。


何気ない問い掛けに、困ったようなか細い声が、小さく開かれた口から漏れた。



「退部届け、出してきたの」


窓から入り込む蜂蜜色の夕陽が、怪異のように二人分のシルエットを伸ばす。


もうすっかり着慣れてしまったであろうセーラー服の、白いキャンバスによく映えた深紅と濃紺の毒々しさだけが、この世界に存在する絵の具のように思えた。


ちらりと見えた黒色が、自分を責めているような気がした。


それ以来、彼女が美術の授業以外で筆を取ることはなかった。




自分の所為だと、そう思った。