『君』の代わり。


朝日奈と駅に向かった



今日は

朝日奈は泣いてなかった



微かにメンズの香水が香った

気のせいだと思いたかった



「オレがバイト終わるの
ずっと待ってるつもりだった?」



「うん…」



「だって、いつも9時までだから…
今日は、ちょっと1時間早く上がったけど…」



「うん、知ってる」



「それまで待ってるつもりだった?」



オレが店長に怒られて

早く上がるの予知してた?



「うん、待ってるつもりだった」



マジ…?



朝日奈が

かわいいと思った



衣替え前

夜はまだ寒かった



朝比奈のカーディガンの袖口から

指先だけ出てた



カフェオレを買った日の

朝日奈の手を思い出した



「外で待ってたら寒いじゃん
中にいればよかったのに…

手、冷たくない?」



咄嗟に朝日奈のスマホを持ってた手を

握ってしまった



冷たかったけど

すぐ離した



さっき朝日奈の手を掴んでた先輩が

頭を過ぎった



きっとこの手は

さっきまで先輩のものだった



メンズの香水は

気のせいじゃない



「星野の手、温かいね…」



「そぉ…?」



先輩の手は

もっと温かった?



ドキドキして

ズキズキする



「先輩と、付き合ってんの?」



この前泣いてたけど

結局付き合えたなら

良かったね



心の中で

思ってもない

嫌味を言った



「付き合ってない」



「さっき一緒に歩いてるの見た」



「うん…
カラオケで少し話そうって言われた」



「へー…嬉しかった?」



好きな先輩に

誘われた



嬉しかったに決まってるのに

聞いてしまった



だって

先輩と歩いてた朝日奈は

嬉しそうに見えなかったから



「ん…」



「なんで、すぐ答えないの?

先輩と帰る方向一緒なんだからさ
別にオレなんか待ってなくても…
先輩と帰ればよかったじゃん」



「んー…」



「あ、オレがこの前言ったこと気にして
気とか使わなくていいから…

朝日奈が嬉しかったならそれでいいし
楽しかったならよかったじゃん

オレ別に聞いても何とも思わないから…」



そんなわけは

なかった



気になるし

やっぱり嫉妬してしまう



「んー…」



朝日奈…?

なんかあった?



「先輩と、カラオケで話しただけ?」



「んー…」



「キス、したの?」



電車のドアが閉まった


電車の中だった


話に夢中になってた



キス、したの?



オレの言葉だけが宙に残ったみたいになって

なんとなく

みんながこっちを見た



朝日奈は

黙って

ドアにもたれ掛かった



朝日奈

したの?



そんなこと聞いても

オレには関係ないのに…



朝日奈が

気になるから聞いてしまう



朝日奈が

頷いたら

また嫉妬するだけなのに…