「ねえ、弟くん、無視しないでよ!
反抗期?」
ウザ…
オレの部屋に勝手について来た
「入ってくんな!」
顔が見たくなくて
ベッドに仰向けになった
「だって無視するんだもん…」
真っ白な天井しか見えないのに
頭の上から声がする
ベッドが揺れた
勝手に座るな!
早く出て行け!
全てにムカついた
「ばあちゃんち楽しいよ
田んぼしかない
遊ぶ場所なんかぜんぜんないし
かわいい子もぜんぜんいない
彼女もいない
答えたから出て行ってくれる」
わざと早口で言った
「へー、ぜんぜん楽しくなさそう」
「楽しいよ
こっちにいるより、ぜんぜん…
ばあちゃん優しいし…
好きなもの食べさせてくれるし…」
あっちにいると
上を見上げなくてもいい
真っ直ぐ見てたら
いつもそこには
朝日奈が笑ってた
朝日奈が声を掛けてくれてから
ずっと朝日奈見てた
同じ目線で
目が合うとドキッとして
とびきり美人な顔立ちではないけど
かわいいな…って癒やされる
田舎だけど
朝日奈がいたから
楽しかった
「弟くん、リョーとぜんぜん似てないよね」
「うん似てないよ」
頭悪くて
スポーツだってなんだって
オレの方が出来が悪かった
「カッコいんだから
すぐ彼女できそうなのにね」
兄は父親に似てた
オレはどちらかというと母親に似てた
母は
オレの出来の悪さを自分のせいにして
いつもオレを父親から庇ってくれた
たぶんオレを
ばあちゃんちに預けたのも
オレを自由にしてくれたんだと思う
オレが受験に失敗した時
「ごめんね
お父さんに似れば苦労しなかったのにね」
母親はオレに謝った
きっと
自分に似てるオレが
苦しんでるのを見て
母も苦しかったと思う
母さんのせいじゃないのに…
「弟くん
彼女とか、そーゆーの…まだ興味ないの?」
「そーゆーのって…?」
「ん?
そーゆーのって
女の子と手繋いだり…
デートしたり…
キスしたり…」
「兄と、そーゆーことしてんの?」
「んー…まあね…彼女だから
…
でも最近リョー
部屋にいてもパソコンばっかり見てて
つまんないんだよね…
…
倦怠期かな…」
「別れるの?」
別れればいいって
思った
「別れないよ
…
だって、好きだもん」
そう言って
真っ白だったオレの視界に入ってきた
長い髪がオレの顔にかかって
視界が暗くなったと思ったら
オレの唇に生温い感触があった
ーーー
息が止まった
なに?
息をしたら
目が合った
「今、何したの?」
「ん?キスだよ
まだしたことなかった?
…
どぉだった?
興味ある?」
自分に起きてることが
現実と思えなかった
「なんで、そんなこと、するの?」
「ん?なんでかな…
したくなった」
「オレのこと、好きなの?」
兄ちゃんのこと好きだって
さっき言ったのに…
そーゆーのって
好きな人とするんじゃないの?
「うん、好きっていうか…嫌いじゃないよ
顔はリョーよりタイプだし…」
「好きじゃなくても、できるの?
誰でも、いいの?」
「誰でもよくないよ
私、そんなビッチじゃない
弟くんのこと、ずっとカッコいいと思ってた」
なんで
ここにいるのが
朝日奈じゃないのかな?って
思った
なんで
さっき触れた唇が
朝日奈じゃなかったのかな?って
ムカついた
オレに被さる長い髪を引っ張った
「ん?」
兄の彼女は
少し驚いた顔をしたけど
またオレの唇に触れた
ーーー
気持ちはムカムカして
イライラして
身体がムズムズした
兄の彼女に導かれて
オレのベッドが揺れた
隣の部屋に兄がいる
兄はまたパソコンを見てるのかな?
兄の彼女を見下ろした時
気分がよかった
兄より上にいる気持ちになった
ベッドの揺れる音だけ
虚しく部屋に響く
お互い言葉もなく
たぶん気持ちもない
名前だってお互い知ってるけど
オレは
弟くん
よく
彼氏の弟と
こんなことできるね
オレだって
なんでこんなこと…
たぶん
お互い
空いた隙間を埋める行為だった



