躁鬱の始まり



体調の悪い日が続いた。
でも、薬のおかげか、元気な日も出てきた。

この前の事が嘘のように、気分がいい。
傘をさしたら、2階から飛べるんじゃないか?
そんな事を考えるようになった。

とれと同時に、金遣いが荒くなった。
ずっと何年もかけて貯めたお金、80万を1ヶ月で使ってしまったりした。
今となっては、何に使ったのか思い出せない。

でも、暫くすると、また鬱がやってくる。
落ち込んで泣いていた。
そして、また手首を切る。
大量の薬を飲んで集中治療室。

あんなに元気になったのになんで?
訳が分からなかった。
私は鬱が治ったのだと思ったからだ。

そして診察の日、先生に全部話した。

私は躁うつ病だと診断された。

躁鬱とは、躁状態とうつ状態を繰り返す病気で、一生治ることがない。
絶望しかなかった。

障害者1級
相当な事がない限り1級はない。
でも、私は紛れもなく1級の状態だった。

躁状態の時は、交差点の真ん中に立ったりした。
車道の真ん中を自転車で走ったりもした。
そしてお金使いも荒くなって行った。

躁状態の時は、睡眠が2時間3時間位でも元気だった。
強力な睡眠薬を何錠飲んでも、眠くならない。
それでも、元気だった。

躁状態の時は、本当に気分が良かった。
自ら進んで外に出ることも出来た。
1人で電車に乗ることも出来た。
不安も無かった。


でも、また直ぐに鬱はやってくる。
鬱に入ると、マイナスな事しか考えれなく、リストカットと自殺未遂を繰り返した。

お兄ちゃんが、よく海を見に行こうと、誘ってくれた。
私の両親は、旅行にも連れていってくれた。
少しでも、私の体調が良くなるように。
ストレス発散出来るように。

私の家族には感謝してもしきれないほどだ。

薬の量が増えて行くと同時に、体重がどんどん増えて行った。
安定剤や、睡眠薬には、太りやすい成分が入っている。

でも、気にしなかった。
何とも思わなかった。

食べたい時に食べて、寝たい時に寝る。
そんな生活を送っていた。

そんなハチャメチャな生活を続けていた。
病院の先生も、あれやこれやと薬の調整をしてくれいる。

でも、落ち着くことは、あまりなく躁と鬱を繰り返していた。

診断を受けてから何年たっただろう?
少しだけ落ち着き始めた。
薬が合ってきたのだ。

完全には良くならないけど、少しだけコントロールが出来るようになった。
それでも、まだまだしんどくて、辛くて、悲しくて、悔しくて。

自分的には躁状態がいいけど、必ず鬱はやってくる。
この頃になっても、リストカットと自殺未遂は、治らなかった。
ただ、ましな日が出来たって言うだけ。
でも、躁状態の気分がよくて、楽しいと思える時があるのを喜んでる自分もいた。

これから迫る悲しい別れが来るとも知らずに…