「きっと、誰よりも遠くにいる君へ」

「え、急に何」


何となく、思い浮かんだ言葉だった。こう、なんていうか。ぽんって本当に、ただ文字だけが頭の中を侵食して、それをただ口から吐き出しただけの。
ちらりと控えめに振り返って私を見つめる凛月くんの目は、どこか優しさを孕んでいて、まるで春みたいな暖かさだ。いつもこれを言うと決まって凛月くんは笑って「そんなことないよ〜」なんて真面目に受け取ってくれないのだけれど、私は凛月くんの暖かい春のようなその目が、この世界で一番大好きだった。


「んー、なんとなく、ね。頭の中に思い浮かんだの」

「……たまに海未は、突拍子のないこと言うよね」


酷い話だ。私はちゃんと頭の中で物事を考えてから、喋るのに。……まぁきっと、私自身では気づけない何かを、凛月くんは気づいていて、それを知った上でそんな発言をしたのだろうけど。


「あ、そういえばさ。今日の進路相談の紙にね、私“東京に行く”って書いた」

「はぁ?」


振り返ったまま立ち止まった凛月くんのもとまで、走って追い抜かして、海岸沿いにまで行った。ザプリ、と規則的に押し寄せてくる波に、靴と靴下を脱いで裸足になった足をゆっくり浸した。
チャプチャプと音を立てながら、その透明な青を見つめる。それを何度か繰り返して、それから今度は波打ち際をゆっくりと波に攫われないように、歩き始めた。
海の近くに建っている比較的大きな建物。それが私たちの通っている高校だった。こんな人口が少ない何も無い田舎にしては大きい、と思っているだけだから、きっと都会の建物と比べたら、ちっぽけな建物に見えてしまうのだろうけど。
ザプン、ザプン、と波が揺れる音が聞こえて、潮風が優しく頬を撫でた。


「ね、私知ってるよ」

「凛月くんは、東京の大学に行きたいってこと」

「ね、知ってるよ」

「私のために、言わないでおいたんでしょう?」


私の後ろにいるはずの凛月くんに、サラリと言葉を連ねていく。私が言葉を言っている間、凛月くんは何も喋らなかったけれど、なんとなく伝わっていることだけはわかった。
凛月くんは、どこまでも私に優しかった。初めて会ったときから、ずっとずっと今までだって。
自分のことを犠牲にしてまで、私を優先しようとする凛月くん。小さい頃はそれが当たり前だと思っていたから、なんとも思わなかったけれど。
ずっとこの歳になるまで、一緒に過ごしてきて、わかったよ。
貴方が優しすぎて、私ずっと辛いんだ。


「……気づいてたの?、海未」

「うん」

「そっか…………海未に、サヨナラは響かないんだね」

「そりゃあね」

「どうして?」

「……ふふふ」


でも、ごめんね。ごめんね、凛月くん。
きっと泣いてしまう、私のために。優しさで私を包んで何も言わずに、誰よりも遠くに行こうと、していたんでしょう。私はずっと気づいてたよ。
ずっと、ずっと、気づいてたから。ずっと、ずっと、言って欲しかったのに。


「私、貴方から離れることなんて、出来なかったよ」


ごめんね、これが私の答えだ。