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潤くんのご両親への挨拶は、ご両親の仕事の都合で自宅ではなく富田屋で行われることになった。我が家への挨拶が思わぬ結婚の挨拶のようになってしまったためか、私と潤くんの意思も結婚の方向へ傾いている。

私はアラサーで結婚適齢期で願望も強いけど、はたして潤くんはどうなのか。

私の職場の若い男子は全然結婚していないし、まだまだ自由に遊ぶと豪語していた。もしかして潤くんも言わないだけで実はそんな感じなのではないかと心配になってしまう。

けれど当の潤くんは私よりも結婚に積極的だ。

”早く一緒に住みたい”だの”なぎとの子供がほしい”だの、歯の浮くようなセリフを惜しげもなく浴びせてくるのだ。

そう言われて私の気持ちも上向きになる。求められることの喜びをひしひしと感じて、会えない日々も満たされた気持ちを持ったまま穏やかに過ごしていられる。

淡いピンクのレースブラウスにプリーツスカートで清楚な感じにまとめた私は、潤くんのお迎えで富田屋まで車で案内された。

富田屋は地元といえど、宿泊で利用したことはない。お祝い事や法事など特別な日に料亭を利用したことくらいだ。それもずいぶん前の事。

京都の松風に劣らない立派な門構えをくぐって中に入ると、目の前には手入れの行き届いた日本庭園が広がる。

その昔、有名な文豪がこのお庭を気に入ってしばらく滞在したとかなんとか、そんな有名な話があるくらいだ。その敷地はおよそ1万坪もあるらしい。

足を踏み入れた瞬間、洗練された空気感に変わる。これが高級老舗旅館として名を轟かせる富田屋なのだ。改めて立派な旅館だと認識させられる。