「……留学……するなんてすごいよね」

話題を変えてみるも絡まった指は外れそうにない。潤くんの体温が伝わってきて私らしくもなくドクンドクンと心臓が音を立てた。

私たちをまとう空気は妙に甘ったるい。自分の鼓動が体を伝って聞こえてくるようだ。ざわざわと賑やかしい店内の音も、あんなに騒がしかったBGMもまったく耳に入ってこなくなった。

「……俺、迷ってたんだ。実家を継ぐことを両親に期待されてそれが嫌で県外に逃げたけど、別に継ぐことが嫌だったわけじゃない。何て言うのかな、期待されるのが嫌っていうか。それに他にも外の世界を見たかったっていうのもある」

「うん、なんかわかる気がする。自分の知らない世界は魅力的だよね。ワクワクする」

「京都でなぎと過ごしたあの数日間はすごく楽しい時間だった。松風でなぎが見るもの全てに目をキラキラさせて感動してただろ。それを見たときに、そんな空間を作り出すことができる仕事って素敵なんじゃないかと思えるようになったんだ。富田屋の息子だから継ぐんじゃなくて、自分の意思で富田屋を継ぐ。だから留学にも挑戦した。これからは外国のお客さんも見据えていかないとなって」

「うん、すごく立派だと思う。夢に向かって頑張ってるんだね。かっこいいよ、潤くん」

楽しそうに夢を語る潤くんは本当にキラキラしている。のほほんと毎日を過ごしている私とは大違いだ。潤くんだけがどんどん大人になっていく。私はただ潤くんより先に歳をとるだけ。そう考えると何だか惨めに思えてくる。