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「なぎ、疲れてない?」

車で家まで送ってもらう道すがら潤くんがしきりに聞いてくる。助手席のシートに埋まるように座る私は、このシートがマッサージチェアだったらいいのにと考えてしまうほどぐったりとしている。

「正直、めちゃくちゃ疲れたよ。潤くんったら、すごい仕事してるんだね」

「ん、俺は楽しかったまた来たいって思ってくれるような接客を目指してるだけ」

「人のためにそうやって思えるのすごいよ」

「でもそれはなぎが気づかせてくれたことだから」

「ん、私?」

ちょうど赤信号で止まったため、潤くんはこちらを向く。膝に置いていた手に潤くんの大きな手が重ねられ、ドキッと脈打った。

「進路に迷ってた俺に道標をくれた」

「潤くんは私を買い被りすぎ。でも……いつもありがとね」

「なぎこそ、女将修行してくれてありがとう。そうやって寄り添ってくれるところ、本当に嬉しい」

青信号になりまた車が動き出す。
見つめられたままでは言えない、潤くんが前を向いているからこそ素直な気持ちが言える気がした。

「……まあ、やってみなきゃわかんないことあるしね。大変だったけど、確かにお客さんが笑顔で帰っていくのは嬉しかったし充実感で溢れていたよ。それは今の事務職では到底味わえないことだと思う。……でも女将になりたいとは思えなかった。私は今の会社でもそんな充実感を得られるように頑張りたいと思うんだ。……がっかりした?」

「いや?」

「……今は女将よりも富田屋で働く潤くんを支えられるようになりたい。それでいつか、女将になりたいって思える日がきたら、その時はまた一から修行してもいいかな?」

「……なぎはそうやって俺の心を掴んでいくよな」

「何が?」

「無自覚なの?」

「素直な気持ちを言っただけよ。……潤くん、早く一緒に住もっか?」

「なぎ、そういうセリフは俺から言いたい。俺にもカッコつけさせて」

「大丈夫大丈夫。潤くんの存在自体がカッコよすぎるから。十分よ。潤くん、幸せになろうね」

「……先に言うなって」

「あはは!」

笑い飛ばしたけれど本当はすごく恥ずかしい。面と向かっては言えないけれどちゃんと伝えたい言葉。

潤くんは一瞬こちらを見るけれど、すぐに前を向いて運転する。その横顔が愛しくてたまらない。

いつから私はこの人のことをこんなにも好きになったんだろう。こんなにも愛するようになったんだろう。

「なぎ」

「うん?」

「愛してるよ」

「うん、私も」

泣きたくなるくらいの気持ちは喜びに溢れていて、窓の外を見るふりをしながらこっそりと鼻をすすった。