コンコン
「失礼します、九条仁です。編入生を連れてきました」
逃げてもよろしいかな。
いいよね、逃げても。
「はぁい、どうぞ」
甘ったるい声。
あの香水の匂いが鼻に蘇った。
胸糞が悪い。
「失礼致します」
早く済ませよう。
「美夜?」
「柚兄?」
あれ、何でここにいるんだろ。
「美夜くぅん、久しぶりねぇ」
「お久しぶりです、理事長」
ニコリと笑みを浮かべる。
理事長─神宮寺雪は妖艶に微笑みを返した。
あぁ、変わってない。
あの頃から何も。
「理事長、美夜の寮室を今すぐ変更していただけないでしょうか」
柚兄は、拳を握りしめ、笑いながら言った。
どうしたんだろ。
結構、頭にきてるみたいだけど。
「どういうことでしょう」
私は思わず聞いてしまった。
「貴方の寮室を私の息子の隣にしたのよ」
え、柚兄とは遠い、と。
あぁ、だから怒ってたんだ。
そんなに心配を掛けてたかな。
「颯の隣ですか?」
「えぇ、嫌がってたけどね」
...........わざとだな。
この人、わざとやった。
あの人とやっていたように、また。
本当に変わってない。
憎い程変わってない。
「ふざけているんですか。理事長なら美夜の事情を知っているはずでしょう?!」
柚兄は、バンッと机を叩いた。
理事長は、その様子を嘲笑うように見ていた。
何を言っても無駄だ。
聞く耳を持たないから。
「あらぁ、そんな態度をとってもいいのかしらぁ」
「柚、落ち着くんだ」
「九条先輩は黙っていて下さい」
柚兄は、理事長を睨みつけた。
「生意気ね」
バシッ
叩く音が部屋に響いた。
柚兄の頬を理事長が力強く叩いた─が当たるはずもなく、その手は柚兄によってとめられていた。
「.........貴方、顔は私好みだから、土下座すれば許してあげるわ」
クズだ。
どこまでも、クズ。
「僕が何をしたんでしょうか。手を上げたのも、そちらからでしょう」
「まだそんなことを言うのね。停学と退学、どちらがいいかしら」
はぁ........卑怯だ。
職権乱用。
「柚兄」
私は柚兄にゆっくりと近付き、肩に手をおいた。
「落ち着いて下さい」
柚兄は、私を見てため息をつき、私にしか見えないくらいに口角を上げた。
バトンタッチ、ね。
「美しき女性が怒っているなんて、僕は悲しいです」
理事長に近付き、目の前に跪いた。
「兄は、僕のためにあのような行動をしてしまったのです。罰するのなら僕を」
理事長の手を取り、微笑む。
「僕たちは、理事長の寛大な心に何度救われたでしょう。僕は、理事長の美しいお心を知っています。今回ぐらい、見逃してくれないでしょうか」
理事長の手を唇に近付ける。
「My lady、今日の幸運を祈ります」
チュッと軽いリップの音がなった。
直ぐに立ち上がり、予め用意しておいた花を胸ポケットから出す。
「花屋で目に留まりまして。理事長に似合いそうだと。受け取っていただけますか」
理事長は、頬を染めて花束を手に取った。
「ありがとうございます」
理事長に一礼をして、ドアの方に向かう。
「では、僕たちは失礼致しますね。今日も良い一日を」
静かにドアを開ける。
「美夜くぅん、また来てもいいわよぉ」
「えぇ、機会があれば」
微笑みを引っ付けたまま、外に出た。
ふぅ......
安心したのか、その場に倒れそうになった。
