ドタバタする日々が終わり、少し休むと、また混乱の時期が戻ってくる。季節は肌寒い時期を越え、もう完全な冬に突入しようとしていた。先日は三和さんが家に訪ねてきて、衣替えを手伝ってくれた。


「一通り手入れしましたので、また後日改めて訪問し、片付けます」

「あ、はい。よろしくお願いします。あの、その…」

中々言い出せず、玄関の前でぐずぐずしていると、察した三和さんがありがたく先に話を切り出してくれた。


「申し訳ありません、俺も最近は連絡貰えておりませんので」

「そ、そうですか…」

「『迷える青春』ていうことにしておきましょう。…では」


軽く頭を下げ、三和さんが玄関を出ていく。そしてすぐこっちに戻ってきた、今度は何故か三和さんがぐずぐずする。それを見て彩響が聞いた。


「どうされましたか?」

「あの、こんなこというのもなんですが…一応職場の同僚だったので、言っておきます。ああ見えて意外と自分から行動する勇気を出せなかったりするので、その辺は峯野様が理解してあげてください」

「え?ああ、まあ…はい」

「…やはり余計なお世話でした。本当に失礼します」


三和さんはそのまま本当に玄関を本当に出て行った。なんだかその姿が可愛くて、彩響は思わず笑ってしまった。

「…いい人だよね、あの人も」

なにも特別なことは一切ないある日。

お昼を食べる時間も勿体なくて、彩響はパソコンモニターの前でコンビニのサンドイッチをもぐもぐ食べていた。隣で佐藤くんがパックジュースを渡す。

「主任、さすがに飲み物くらいは飲みましょう…」

「ああーありがとうね。誤字脱字はどうだった?」

「いやーひどかったす」

「まあ…しっかり見ていこうね」


そうして最後の一口を口にした時、机の上に置いてあったスマホが鳴った。画面を確認すると知らない番号で、とりあえず緑のボタンを押すと、聞き覚えのない若い女性の声が聞こえた。


「こんにちは。峯野彩響様のお電話で間違いないでしょうか?」

「はい、そうですが…」

「あ、はじめまして、私、マルマル出版社の編集担当二宮と申します」

(「マルマル出版社」?)


初めて聞く名前に、彩響は自分の記憶の中を探る。しかしいくら記憶を遡ってみても、聞き覚えのない名前だった。なら、結論は一つしか無い。彩響は早速ドライな声で返事した。


「すみません、セールスには興味ないので先にお断り致します」

「あ、違います!!セールスではありません。6ヶ月くらい前に、我が社に送ってくださった原稿の件でお話をしたいです」

「え?原稿、ですか?」

「そうです、小説の原稿、送ってくださいましたよね?お知らせするのが遅くなって申し訳ありません。峯野様の原稿を、弊社で出版する件でお話をさせていただきたく…」

「はい…?私の小説を?」

「はい、住まいが東京でしたら、出来れば直接弊社へ一度足を運んでいただければと思いますが…」

ますます話が見えなくなり、彩響は混乱するばかりだった。原稿のことも、この出版社の存在も、全く知らない。しかし話を聞いてみると、この二宮さんは自分が書いた小説の内容をはっきり把握していて、きちんと契約の話までしている。慌てた彩響はとりあえず相手に言った。


「あ、あの。今ちょっと忙しいので、改めて連絡しても大丈夫ですか?」

「もちろんでございます!では、都合の良いときにまた連絡くださいませ」


電話を切ったあと、しばらくぼーっとして天井を見上げる。少し時間が経つと、徐々に状況が頭の中で整理されてきた。向こうはどこかで自分の原稿を読んで、それを本にしたいと言っている。一瞬小説の連載サイトで目に入ったのかと思ったけど、あの二宮さんは「メールで送られた」とはっきり言っていた。


(どういうこと?原稿を送る?いつ?私が?)

いや、決してそんなことはない。あの事件のあと、原稿を別の出版社へ送るどころか、データさえ開いていない。