中から出てきたのはノートだった。外見的には特に何の変哲もない、どこにでも売ってそうなノート。しかし彩響にとって、それはただのノートではなかった。彩響はノートを手に取り、適当なページを開いた。狭苦しい文字だけど、熱情だけはたっぷりと入っていた。
「…主人公は13歳の女の子。彼女はある日、家の地下室からボロボロの本を見つけた。そこには不思議な注文が書いてありー」
幼い頃から本を読むのが大好きで、将来作家になりたいと思った。だから頭の中で思う浮かんだ考えや、アイディアをノートに書いておいた。今は形になっていないけど、いつかはきっと、有名な作家になれるー。
そんなことを考えて、コツコツとノートに夢をのせた。そして、ある日…何歳だろうか、おそらく中学2年くらいの頃だったと思う。
彩響はずっと胸の奥に隠しておいた「あの日」の記憶を思い出した。思い出すのも辛くて、ずっと考えないようにしていた、あの日を。
ーその日も、母の叫び声は聞こえた。離婚してしばらく経つのに、母の怒りはずっと現在進行中だった。今日も母は電話越しで父とお互いに暴言を吐いていた。
「そんなに嫌なら、私を殺しにくれば?一緒に彩響も殺せば?!そんなに殺したい女が産んだ子供なんか、必要ないでしょ!!」
なにも聞こえない、なにも聞こえない。そう自分に言いかけて彩響はノートに自分の話を書いた。自分が描く世界では、主人公の親はとても仲良しで、みんな優しい。いつだって丁寧に喋ってくれる。簡単に「お前なんか産まなきゃよかったのに」とか言ったりしない。そう、誰も主人公を存在だけで責めたりしない。ありのままで、主人公をかわいがってくれる。自分が望む世界に夢中になり、しばらく書いていると、ふと誰かが部屋の中にいるのに気づいた。
「あんた、なにやってるの?」
慌ててノートを後ろに隠す。しかし母はもう気づいていた。母はまたヒステリックな声で叫びだした。
「また小説とか書いてるの?!そんなバカバカしい真似はやめなさいって何度も言ったでしょ!」



