リリースする曲は主にプロデューサーたちが決めていくのだが、そこには俺たちの意見も取り入れることになっていた。特に智宏は作曲と作詞にもがっつりと関わっており、プロデューサーにもその才能を認められていた。
 しかし次々回にリリース予定の曲のコンセプト決めの会議はいつもの智宏からではなく、瑞樹の発言によって始まった。

「緑の目をした怪物?」

 智宏は瑞樹の発言をなぞる。

「そう。シェイクスピアのオセロにそういった表現が出てくるんです」

「"green-eyed monster"、"be green with envy"か……」

 プロデューサーが興味深げに口にする。

「日本では緑って、癒しとか自然ってイメージですもんね。緑と嫉妬ってあんまり結びつかないし、たしかに面白いかも」

 智宏が前のめりに反応を示した。他の人たちも割と好意的なようで、会議はあといくつかの意見を出し終了となった。


「透、大丈夫か?明日休んだ方がいい。というかこのまま帰った方がいい」

 会議が終わると仁くんが心配そうに顔を覗き込んできた。

「そうだよ。やっぱり体調悪そうだ。今日はボイトレ。明日はダンスレッスンで、まだ休みやすいしね」

 智宏も朝から続く俺の異変に不安げに眉を下げる。

「マネージャーに連絡するよ」

 瑞樹はそう言ってスマホを取り出して電話をかけ出した。俺が入る隙のないまま俺の話が進んでいく。
 気がつけば「ゆっくり休めよ」と言われて送迎車に乗せられていた。

 送迎車の後部座席で「はぁ」と深いため息を吐く。それは自己嫌悪からくるものであった。
 俺はいったいなにをしているのだろう。デビューから時間の経っていない大事な時期に、恋愛で心乱されて仕事に支障をきたすって……。プロとしてどうなの?「ふっ」と自嘲の笑みが漏れた。
 しかも恋愛相手が血のつながった姉さん。どれだけ通じ合っても愛し合っても誰にも言えない。誰も祝福してくれない。
 姉さんが誰かと関わるたび不安で疑心暗鬼になって、自分で自分の心を削っていく。もうやめたい。楽になりたい。ただ手放し方がわからない。

 楽園ではなかった。形を変えた地獄が続いているだけだった。ここではないどこかへ行けたのなら、そこは楽園なのだろうか。それともまた地獄が形を変えて待っているだけなのだろうか。