リーシャが王子の部屋をノックし、「入れ」という声を聞いてからエルミアは部屋に足を踏み入れた。
「どこへ行っていた?」
王子の声色で、少し怒っているのが分かった。
「ドワーフの村です…」
びくついて思わず敬語になる。
そして王子の大きなため息。
「頼むから、無茶なことはしないでくれ」
「エルフじゃない私は、大丈夫みたいだから」
王子にソファーに座るように施されて、エルミアはふかふかのソファーに腰をおろした。
ふと違和感を覚え辺りを見渡すと、いつも必ずどこかにはいるグウェンが今日は見当たらない。
「グウェンには、席をはずしてもらっている」
エルミアの心の内を見透かしたように王子は言った。
「どうかしたの?」
「ちょっと、話があってな」
言いだしにくそうに王子は、膝の上で指を組んだ。
色の白い細長い指が、力を入れているせいで血の気が引いている。
エルミアは、王子が話し出すのを待った。
「蒼月が、明日になった」
「え?」
突然の事に、エルミアの声がかすれた。
「気まぐれな月だから、次いつ昇るか分からない。
この前聞いた時には、もう少し先だと言っていたのだが、今日再度聞きに行ったら、明日(あす)と言われた」
「嘘…」
まだこの世界を離れる心の準備が出来ていない。
「無理を承知でお願いがある」
心苦しそうな顔をして王子が言った。
「ここに残ってくれないか?」
息が止まりそうになった。
「向うの世界には、お前の人生があることも、家族がいることも分かっている。しかし…」
そこまで言って王子は、言葉を止めた。
「…いや。変なことを言ってすまない。私にお前を引き留める資格はないな。忘れてくれ」
そう言ってすっと立ち上がった。
「夕食の用意が終わっているころだろう。食べてくるといい」
まだ座ったままでいるエルミアのためにドアを開けている。
エルミアは、まだ整理のついていない思考と共に、外で待っていたサーシャを連れて廊下を歩き始めた。