Moonlight memory【短篇】




 俺は薄く笑みを浮かべ、短く答えた。

「……地上の空気が恋しくなったんですよ」

「そんなもんか? だが皆が行きたがる場所までいったのにもったいなくないか?」

「……いえ……そうでもないですよ。ここからじゃ見えませんが、あそこももう……今では戦場ですから」

 俺の言葉にドルチェが一瞬息を呑むのが背中越しに伝わる。

 汚染され傷ついた地上にこれ以上の希望を見出せず、新たな居住区を求めた人類は、宇宙へその希望を求めた。

 幾つも宙に打ち上げられたステーション。

 開発は進み、移住も進んだ。

 だが、愚かな人類は……欲深さを捨てることを出来ず、新たに手に入れた希望の世界すらまた争いで染めようとしていた。

 宙域の所有権を巡って各国が対立。

 宙は今や新たな戦場と化している。

「ああ……そういやニュースでそんなこと言ってたな。ここにいると遠すぎていまいち実感がわかねえが……」

 車のドアを閉めて振り返ると、不思議そうにじっと空を見上げるドルチェの姿があった。

「……やっぱ、わかんねえな。お月さんと星しかみえねえ」

 遠く離れた宙での火花が地上へ届くのはずっとずっと先のこと。今、地上でその光を探しても見つけることはかなわない。

 しばらく天を仰いでいたドルチェは、やがて視線を降ろし

「まあ、人それぞれだしな。なんにせよ今日は助かったよ。気をつけてな」

 そう言って笑った。

 実感がわかないのも仕方の無いこと。その場でみた者しか、それを感じることは難しいだろう……それほど遠く隔たれた場所での話。

「いえ。また何かあったら言ってください」

 笑顔でそれに答え、運転席に乗り込みエンジンをかける。

「おじちゃんまたねー」

 助手席でドルチェに手を振るユーリの声だけ残して、ドルチェの家を後にした。