【2月27日単行本発売!】5時からヒロイン

「ごめんな、時間が取れなくて」

仕事も年度末に向けて更に忙しくなった。
胃腸炎がきっかけで付き合うようになった私達だけど、デートが出来ていない。
会社で一緒に仕事をすることが、私達のデートになってしまっていて、社長はことあるごとに謝る。

「謝らないでください。私はこうして毎日一緒に仕事が出来て、ランチを一緒に過ごせるだけで嬉しんです。言ったじゃないですか、信じてないんですか?」
「そうじゃないが」

社長の提案で、ランチを社長と一緒に食べるようになった。元から秘書課で食べることがなかったから、そこは怪しまれたりする心配はない。
一時間という休憩時間が恋人になれる時間。
それだって特別じゃない。それぞれが弁当を買って、隣同士肩を並べて、ご飯を食べるだけ。

「それに、社長が作ってくれたお弁当が、本当に嬉しいんです」

ビックリしたのが、社長がお弁当を作って来てくれたことだ。
女子顔負けの彩いいお弁当に、私は降参だった。

「弁当が?」
「母以外にお弁当を作ってもらったことがないんですから、嬉しいですよ。手作り弁当は大学生の時以来で、本当に嬉しかった」

出来合いの弁当は飽きる味だけど、手作りの弁当は毎日同じおかずでも食べ飽きない。何故なんだろうと、大学生の時に母親に聞いたことがある。

「それは子供の時から食べて、馴染んでる味だからでしょう? 子供の頃の記憶って残っているらしいわ。よくあるでしょう? 懐かしいあの店の味、食べると蘇る記憶とか。そういうものよ」

確かにそうかもしれない。だとしたら、社長とは味の好みまで一緒ということだろうか。

「沙耶が喜ぶならまた作ってくるよ」
「いいですよ、家に行ったときに食べさせて下さい。朝は大変ですから」

付き合い始めた時、普通にするなんて出来ないって毎日思っていたけど、出勤すると以前のように社長に接することが出来ていた。恋人よりも秘書でいた期間が長いせいもあるだろう。
ただ心配なのは、親し気な雰囲気になってしまって、敏感な人に感ずかれてしまうこと。張り詰めた緊張感がなくなっていき、柔らかな雰囲気が出てきてしまっているのが、まずいと思っているところなのだ。
「なるべく冷たく接して」と社長にお願いしてしまったほどだ。

「今週末来ないか?」
「マンションですか?」
「ああ」
「もちろん、行きます」

復帰してから初めてのお泊り。体調も万全だし、受け入れ態勢も整っている。

「帰りは一緒に帰ろう」
「はい」
「ホテルには連絡を入れておくから、返答を待って処理をしてくれ」
「畏まりました」

こうやって仕事の話しとプライベートの話をしているけど、仕事に支障はきたしていないし、瞬時に切り替えも出来て、むしろ以前よりもスムーズ。
前は聞きたいことがあっても、機嫌を窺ったり、今聞いてもいいだろうかと、躊躇うこともあった。
壁がなくなっただけスムーズに進めば、業務も捗っていいことの方が多い。
仕事をしながら、どうしたらいいかと悩んでいたけど、自然にしていればなんてことはなかった。
なんでも難しく考えて、起こってもいないことを悩むのは、私の悪い癖だ。