「聞きたいことがあるの」
「なんだ?」
「いつから私のことを?」
「いつから……って、そんなことを聞いてどうする?」
「聞きたいの」

私は困らせるのも好き。頭を掻いて答えに困る社長が見られるなんて。

「まあ、秘書に抜擢したときは、気になる存在ではあったな」

あまりの年月に、私は何も言うことが出来なかった。なぜ今まで黙ったまま、秘書として傍においていたのだろう。もっと早く分かっていれば、私は悩まずに済んだのだ。

「社長秘書として業務についていれば、仕事の間は一緒に居られるだろ?」

だろじゃない! 時間を戻してやり直したいくらいだ。

「そんな……すごく思い悩んで、毎日、毎日苦しくて。気が付けば、周りは結婚していくし、私は彼氏が出来ないし、もうすぐ30歳になっちゃうって。それでも社長を諦められなくて。ひどい」
「君は今までの秘書と違って、キャリア志向が強かったし、仕事を覚えて一人前になろうと頑張る姿を見て、軽々しく言えなかった。俺の想いだけで沙耶の人生を、変えちゃいけないと思っていた」
「……長すぎよ……合コンをもっと参加すれば良かった」
「なに?」
「なんでもありません」

男としての気持ちよりも、社長を優先したということだ。私の過ぎ去ってしまった、若くキラキラとした日々を戻して欲しい。

「それに傍にいなさいと言ったはずだが?」

告白のようだったと、昨日のことのように思い出す。それがまさか本当に告白だったのか?

「そんなの告白とは思いませんよ! 誰だって!」

おもわず怒ってしまう。

「悪かった……でも、必要な時間だったと思って許してくれないか?」
「男の人と違って女の時間は短いんです」

それは本当だ。ここ最近はつくづくそうだと思うことがあったからだ。

「それに、社長に彼女がいなかったとは言わせませんから」
「そういう人がいないのは、君が一番知っていたと思うが?」

女の影はなかったけど、そんなこといくらでも隠すことが出来る。私は信じられない。

「信じられません。仕事以外の社長は知らないんですから」
「沙耶だけだ」
「ふん」

にやけた顔で不貞腐れても意味がないけど、自分だけだともっと否定して欲しくて、心とは違うことを言ってしまう。
自分の意思とは反対に、わざとやきもちをやくのは、私を困らせ悩ませた社長に、仕返しをしたいからだ。

「俺も余裕がなかったというのが本当のこところで、親父から社長を引き継いでそれどころじゃなかった。何度も君に安らぎを求めたいと思っていたが、社員の信頼を勝ち取り、経営を安定させていくことが先決だったんだ」

くだらないやきもちを見せてしまったことを、恥ずかしいと思った。思慮深く考えれば、会長から社長を言い渡されたとほぼ同じくらいに、私は秘書になった。傍で仕えていたのに、私は社長の何を見てきたのだろう。

「すみません」
「何をそんなに落ち込む? 沙耶が落ち込むことじゃないだろう? おかしな奴だな」

私の唇を指でなぞって、慰めるようにキスをする。女心をくすぐる言葉をたくさん出して、本当にキザだし、ずるい。拗ねて、やきもちやいて、落ち込んでいる私がバカみたい。

「仕事帰りにまた来るから」
「はい」
「大人しくしていなさい」
「いや」

少しだけ反抗してみる。いつも従順な秘書だったんだから、これくらいは可愛いものだ。

「拗ねた顔も可愛い」

社長から繰り出される甘い言葉は、綿菓子のようにどんどん膨らんで大きくなる。どこからが本当の五代真弥なのかまだ分からないけど、社長の言葉は全部信じる。私は口を突き出して、キスを強請ると、社長は意地悪な笑みを見せて、私にキスをした。