「沙耶!!」

今、社長は私の名前を呼んだの? 名字じゃなく下の名前。いや、分からない。痛くて気が遠のきそう。

「い、痛い……」
「どうした? どこが痛いんだ?」
「胃、胃が……」

私は、しゃべることも出来ず、唸るばかり。社長が私を抱き上げた。嬉しい。いや、そんな場合じゃない。痛いだけじゃなく吐き気もする。でもそれは何とか耐えられそう。後部座席に寝かせられ、社長はどこかへ電話を入れている。のたうち回りたいほどの痛みで、どうしようもない。

「う~ん……」
「沙耶? いま病院に行くからな、もう少し我慢だ」

車はいつしか走り出し、社長が事あるごとに後ろを向いて私の様子を見ている。
エンジン音が唸っているように聞こえ、スピードを出しているのが分かった。乗っているのが長く感じる車の中で、私は不謹慎にも幸せだった。

「起き上がれますか?」

女性の声がして目を開けると、白衣を着た女性が目に入った。そのほかにも数人同じ白衣の人がいる。病院だ、社長が病院に連れてきてくれたんだ。

「いた……い」

それを言うのが精いっぱいだった。
起き上がることも出来ず、首を横に振ると、社長が私を抱き上げ、ストレッチャーに乗せた。
そのまま処置室に運ばれ、検査と処置を受ける。
こんな大騒ぎになるくらいだったら、もっと早く病院に行っていれば良かった。救急の医師にも「随分我慢強いですね。相当な痛みだったはずですよ」と言われ、一言「入院です」と言われた。
ストレッチャーに寝かされたまま、病室に運ばれる。

「痛みはどうだ?」

病室には社長が待っていた。私を覗き込む顔は、とても心配している顔だ。泣きそうになるのをぐっと堪え、

「大丈夫です。ご心配をおかけしました」

と、かろうじて答えたけど、全然大丈夫じゃない。死んじゃうかと思ったほど痛かった。経験したことがない痛みは、死をも連想させるほどだった。死んじゃう前に告白すれば良かった。

「患者さんにお着替えしていただきますから、付き添いの方は一旦外へお願いします」
「分かりました」

私を一度見て、社長は病室の外に出た。着替えの為に起き上がって部屋を見渡すと、病室はとても豪華で、ホテルの一室のようだった。
これはひょっとして、特別室というやつなのだろうか? すごい、ドラマの中だけでしか見たことがない部屋に私はいる。
病院は捻挫のときにもお世話になった、ファイブスター系列の病院で、捻挫もついでに見てもらえて一石二鳥だ。この期に及んでまだ能天気。
着替えを済ませると、看護師さんから入院についての説明があった。検査と治療方法、入院に関しての注意だ。

「今日はお風呂を我慢してください。明日の朝から入れますからね。病室についてますからいつ入ってもらって構わないですよ」

看護師さんは風呂のある方向を指さした。

「分かりました」
「今日はまだ痛むと思いますし、吐き気もするかもしれません。その時は我慢しないで、このナースコールを押してくださいね」
「はい、分かりました」
「足はどう? あとで整形外科の先生に診てもらいましょうね」
「ありがとうございます」

診断は、急性胃腸炎。それもかなりひどかったらしい。薬の多量摂取も注意された。製薬会社の秘書の名目が丸つぶれだ。
看護師さんと入れ替わりに社長が入ってきた。