抵抗むなしく、私はまた社長の車に乗せられた。また注目を浴びてしまうと警戒していたけど、そこは社長も考えてくれていたようで、いつも車が止めてある駐車場へ、直接向かった。
痛い、胃が痛い。社長が良かれと思ってしてくれていることは、私にはストレスで、胃がさらに痛む。ストレスなんだけど嬉しいと思ってしまって、恋って盲目っていうけど、これもそういうことなのかな。
強引さに腹がたつけど、一緒に居られることが嬉しい。意味不明な送迎だけど、社長の好意と素直に受け取っておこう。

「有休を使って休んだらどうだ?」
「え……」

唐突に話し出すから聞き返しちゃう。

「申請していただろう?」
「はい」

でも退職することも言ったんだけど。消化しなくちゃいけないから、それもいい。

「社長が宜しければそうさせていただきますが、よろしいのでしょうか?」
「構わない」

規定にのっとって申請をしなくちゃいけないから、明日からは無理。だとすると、明後日からね。なによ、週末じゃない。
来週は再診に行かなくちゃいけないし、1週間取ってしまってもいい。社長の許可が出れば部長も文句はないはずだ。
すっかり日が暮れるのが早くなって、心なしか道を歩く人は急ぎ足に見える。暗くなるのが早くなると、人は忙しなくなるようだ。
手を繋ぐカップルがいた。寒いときに手を繋いで、ポケットに手を入れてもらったら、どんなにいいか。手袋よりも、カイロよりも温かいはずだ。
社長の指はスマートで長くて、とても綺麗。男の人のごつさもありながら、器用さも垣間見えるような指。意外と大きくて、すっぽりと包んでくれそう。あの手、あの指で私を……ん?
突然思い出すあの夜のこと。まずい、一気に顔が赤くなっていく。なんでそんなことを想像したんだろう。久し振りのセックスで、身体が疼き始めてしまったのだろうか。

「どうした? 具合が悪いか?」

悶えてしまいそうでした、なんて言えるわけがなく、なんでもないと答えるしかない。きっと一人で百面相していたに違いない。

「なんでもありません」

送ってもらうなんてとっても幸せな気分だったけど、今の私は有休の方が楽しみになっている。
秘書達は週末にディズニーランドに行くらしい。ランチの時にその話でもちきりだったけど、私のディズニーランドは、確か30周年記念の時に行ったのが最後だったような気がする。話しに全くついて行けず、浦島太郎の様だったけど、行きたくて仕方がなかった。
マコと弥生を誘ってみようかと、密かな楽しみになっている。
しかし、この足で行けるわけもなく、現実をみてがっかりする。
私ってなんて健気なのだろう。ディズニーランドよりも仕事を優先してきたなんて。パークチケットだって、値上がりしていてびっくりした。
社長とのディズニーランドデートなんて想像できない。だって、社長がアトラクションに乗っている姿なんてまったく想像できないし、ビックサンダーマウンテンやスペースマウンテンにも乗らないだろう。
デートの前に彼氏にもならないんだから、無駄な妄想はやめよう。
マンションに着いて短いドライブが終わった。

「本当にありがとうございました」
「帰れるか?」
「大丈夫です。心配性ですね」
「君だから心配するんだ」
「……え?」

どくん、どくん、と大きく高鳴る胸の鼓動。熱くて全身の血が沸騰しているみたい。

「お、送っていただいて、ありがとうございました」

送られる視線の熱さに耐え切れず、急いで車を降りる。助手席の窓が開くと、社長が言った。

「よく休みなさい」
「分かりました」

中に入るまでずっと見送られるなんて、大切にされている彼女みたい。
夢うつつの中で家に入ると、一気に現実に戻る。

「汚い」

自由がきかず、ますます散らかるばかりの部屋。そして痛む胃。
レトルトのおかゆを温めてのりたまをふりかける。なんとも虚しい夕ご飯。一人が寂しいと思うのはこんなときだ。
仕事以外のスキルはゼロの私が、一から出直すには、何をどうしたらいいのだろう。
29歳と30歳ではものすごく違う。数字の2と3の間には何があるのだろう。
若年から中年になること? 女子からおばさんのカテゴリーに移動すること? 女の取り巻く環境は2と3でものすごく違う。
年を取ることが怖いと感じるからかもしれないけど、60、65という年齢までいくと、若いと感じ始める。何がそうさせているのだろうか。

「難しいことを考えるのはやめよう」

クスリを飲んで時間が経っていないけど、痛みが引かない胃に、もう一度クスリを飲む。
テレビもパソコンも見る気がしなくて、ベッドにもぐりこんだ。