「部長、社長は大丈夫なんですか?」

私はソファでふんずり返っているようで、仕事はしていた。動けない分、デスクワークを中心に仕事をして、あとは部長にお願いしていた。

「何かあったら呼ぶからっておっしゃってたじゃないか」
「そうですけど、朝から何にも言って来ませんよ?」

内線で何度か連絡をしたけど、その時も何も指示はなかった。いよいよ私は不要となるのだろうか。まあ、辞めると伝えたんだからそれでもいい。
ソファでいつまでも寛いでいる訳にもいかず、デスクで仕事を始めるけど、ずっと座っていて血が下がって、捻挫したところが痛みだす。

「部長、すみません、ちょっと失礼します」

休みで空いている神原さんの椅子を借りて、そこに足を投げ出す。

「むくんだ?」
「はい、なんか痛くなってきて」
「暫くそうしていなさい」
「すみません」

部長は頼りないけど、優しい。統率力はなさそうなんだけど、親しみやすい感じが、私達にはいい。女子にはモテなさそうだけど、女の扱いがうまいのかもしれない。だから部長になったのかも。
昼になると注文したデリバリーがぞくぞくと届き、秘書課は小さなパーティーのようになっていた。ピザに韓国料理、お寿司にカレーやビーガンサラダ。目に付く物をなんでもいいよと、言ったらこんな多国籍な料理がならんだ。みんな楽しそうに食べてくれてよかった。

(社長はコンビニかな?)

秘書課には迷惑をかけるからと、こうして食事を奢ったけど、社長の分も何か取った方がよかったかな。いつもコンビニ弁当か、外で買って来て食べている社長。お金があるんだから、毎食レストランでもいいのにと思っていたけど、一度、社長がソファで横になって、昼寝をしている姿を見かけたことがあった。コンビニ弁当の理由が少しわかったような気がして、ぎゅっと胸が締めつけられた覚えがある。

(ご飯食べて昼寝してるかな?)

彼女になった気分で心配してしまう。
昼を食べると、湿布を貼り替えて胃薬を飲む。やっぱり胃はずっと痛くて、胃薬を飲まないといられない。私が頼んだランチは、台湾粥。胃に優しくしないと、本格的に具合が悪くなりそうだ。
それぞれがデスクを片づけ始め、退勤の支度をする。時計をちらりと見ると、終業時間の5時10分前だ。みんなはこうしてプライベートの時間を確保していたんだなと、改めて自分が仕事に費やしてきた時間を振り返る。勿体なかったとは言わないけど、30歳を前にして時間の大切さが身に染みる。

「部長、社長のところに行ってきます」

さすがに何もせずには帰れない。1日中秘書課にいて、社長秘書とは言えない。

「歩けるか?」
「大丈夫ですよ」

足を少し引きずりながら社長室へ向かう。今日はコーヒーも朝に淹れただけで、何もしていない。
社長室前にある自分のデスクが目に入る。今日一日ここに座っていないだけなのに、ものすごく懐かしく感じてしまう。

「水越でございます」

ドアをノックすると、返事ではなく直接ドアが開いた。

「秘書課で大人しくしていなさい」
「え!?」

社長はまたしても私を抱き上げ、ソファに座らせた。

「痛みはどうだ?」

隣に座って心配顔で聞く社長。気が弱くなっている今、その胸に飛び込みたい。

「大丈夫です。湿布も効いていますし」
「そうか」
「何かご用はございませんか?」
「仕事は終わりだ、帰るぞ」
「は!?」
「帰る支度は済んでいるのか?」
「あの、バッグ……」
「取ってくるから待っていなさい」
「い、い、いいですぅ!! 社長、自分で行きますからぁ!」

叫んだ時には社長は出て行くところだった。

「嘘でしょ?」

迎えだっておかしいのに、送りなんてもってのほか。これはダメだと立ち上がって歩き出すと、正面からは社長が向かってきた。その手には私のバッグがあった。

「送って行こう」
「は!?」